2.

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 臭いがする。何かが据えた――そうだ、腐っているような臭い。腐卵臭、とかいうやつかもしれない。勿論、アルヴィン自身は卵を腐らせた事など無いので何とも言えないが。
 最初にレティシアが言っていた臭いの正体は間違い無くこれだ。
 この、目の前で微かに動いている人形。

「暗すぎる・・・」

 ――火気厳禁、とは聞いていなかったはずだ。
 自己完結し、火の魔術を使ってそれを光源代わりにする。懐中電灯よりこちらの方が明るいようだ。余計にはっきりと人形の全容が見えた。
 ――これは、本当に血糊か?
 光に照らされて乾燥しているその『血糊』がカサカサとした光を放った。学園生とは言え、任務に駆り出される事が多々ある。怪我して流れる血液と血糊の区別くらいある程度付くはずだ。
 悪寒。背筋を滑り降り、胃の辺りで冷たく広がるような――そうだ、及び付かないような未知と出会った時のような、感覚。

「・・・っ!!」

 脳が警鐘を鳴らす。
 逃げろ、逃げろ、逃げろ。
 それがどういう意味なのか理解する前に足が前へ進む。人形の反対方向へと。転がるように、逃走する。
 ――ざりざりざりざりざり。
 砂のじゃりじゃりした音。
 微かに振り返ってみれば、少し前までの緩慢な動きは形を潜めた人形が猛スピードで迫ってくる。立って走って来るのではない。ほふく前進を高速でしているような感じだ。当然、人間の動きを遥かに量がしているからか、人形の指先は人形であるにも関わらず赤色の液体を流している。もう、「何てリアルな人形なんだ」と自分を騙す事は出来なかった。変な方向に拗くれた指を視界に入れた瞬間、アルヴィンは振り返る事を止めた。あとはただ走るのみだ。
 ――一本道・・・振り切るのは難しいな。
 あとどのくらいで出口へたどり着くのだろうか。そもそも、ずっと進んでいるのに終わりが見えない。いずれは体力が切れて追い付かれてしまうだろう。
 それにレティシアはどこに行ったのだろうか。館から出るにしても彼女を回収しなければ。転校生とは言え、無愛想な自分にあまり怯えず話し掛けてくれる貴重な存在だ。
 どうしたものか、と思考を巡らせ始めたアルヴィンの思考はしかし、すぐに止まる事となる。少し離れた所からの大きな、何かが瓦解するような、続いて何かが叩き付けられるような音を耳にして。