3話 苦労人達の心労

01.再チャレンジ


 会談がお流れになってから1日が経過した。
 まずは現在の状態について説明しなければならない。あれからバルトルトはカタフィに住み始めた。マリアは先日降った黒い雨の対処に追われ、片桐はいつも通り街で過ごしている。
 クロエ自身は朝早くから教会に行き、悶々と今後について思いを馳せていた。誰も居ないのを良い事に、考え込む。

 まず、会談を中断させたあの巨大な人影。あれは何だったのだろうか。あの『何か』に関しては早急に手を尽くす必要があると、強くそう思う。ただ、あれが何であったのかもよく分からないので情報収集が先決だろう。

 そしてリーンベルグの件。王位・ハルリオはあの通りだったが、街が個々で運営されているのは問題だ。採れる資源は場所によって異なる。物々交換なり、とにかく資材の分け合い、交換が必要。このまま孤立していてはジリ貧生活だ。
 しかも彼が所望している聖位はすぐに準備など出来ない。彼等彼女等も人。流動するように依拠を変える権利を持つ人間に対し、同意を得ないままリーンベルグで働けと強いる事も出来ない。
 鉄鉱石の件についても深く掘り下げる前に解散と相成った。やはり、皆は反対するだろうがもう一度よく話し合った方が良いに違いない。
 そうなってくると、問題は――片桐の横顔を思い浮かべ、首を横に振る。まずはマリアに相談しよう。

「――おはようございます、クロエ。何か考え事ですか?」
「……!!」

 驚き過ぎて息を呑む。振り返ると胡散臭い笑みを浮かべた片桐その人が立っていた。彼の双眸は間違いなくクロエを射貫いており、特に断りも無く距離を詰め、隣に座る。遠慮という単語は彼の中に存在しないのだろう。

「おはよう、片桐」
「ええ。それで、我等が王位は一体何を考え込んでいたのでしょうか?」
「……リーンベルグについて。もう一度、ハルリオに会うべきじゃないかな」

 真っ先に反対するだろうが、言うだけ言ってみた。どのみち、この一件を解決する為には片桐にも話をしなければならないのだ。
 へえ、と片桐は考えの読み取れない、何とも思っていないような気のない返事をした。

「――リーンベルグ、ですか。確かに話が決着しないまま、散り散りになってしまいましたね」
「そう。だからもう一回、会談を開くべきだと思う」
「どうせ無駄、とそう貴方にお伝えする事がそもそも無駄な事なのでしょう。いいのではないですか。どうせだ、マリアとバルトルトも呼んで」
「えっ」
「え、何ですか?」
「いや、反対するのかと思って」
「その反対行為に意味があるのならば、しますとも。ですが、現状貴方にそれを抗議したところで意味があるとは思えませんねえ」
「……分かった。ありがとう、片桐。みんなを呼んで来る」
「いえいえ、王の手を煩わせるまでもありません。私が集めておきますよ」

 それだけ言うと片桐は今来たばかりなのにふらりと教会から出て行った。そんな彼がマリアとバルトルトを伴って戻って来るのは15分後である。

 ***

 仕切り直し。街の主要人物が全員揃っている教会には、取り込み中の札を掛けてきた。流石に街の指針に関わる話をしている途中に乱入者が現れるのはまずい。
 全員が揃ったのを確認し、まず口を開いたのはこの中で最も忙しい時間を過ごしているであろうマリアだった。

「クロエ、おはようございます。私達への用事とは何でしょうか?」

 どうやら片桐は何も説明せず、集めたらしい。手短に今日の用件を話して聞かせる。話をする度に面白いくらいにマリアとバルトルトの顔は困惑と怪訝さに溢れていった。

「――いやいやいや、クロエちゃんよ。まーだあのハルリオと話す気かよ。向こうさん、全然お前の話を聞く気は無かっただろ。もう放置しとこうぜ」
「そうですね。そもそも、ハルリオが私達との会談に応じる気があるかどうか……」

 片桐より2人の方が反対寄りの意見だ。まさか、彼も他の同僚達が反対する事を見越していたのだろか。
 視線が片桐へと集まる。彼は視線を受け、あっけらかんと答えた。というか、答えを丸投げした。

「私は王命に従うのみです。我等の王位が望むならその通りに」
「ええ……?」

 隠し事に向かないマリアの表情筋が片桐の言葉を疑うかのようにひそめられる。そりゃそうだ、何やかんやハルリオに最も敵意を抱いていたのは他でもない似非聖職者の彼である。

「とにかく書状を出すべきでしょうね。伝書鳩にでも持って行かせますか」
「片桐、カタフィにそんな伝達の手段はありません。それとも、今から鳥を訓練するとでも?」
「それですが――」

 片桐が懐から白い紙を取り出した。濃いインクで文字が書かれているのが伺える。それをひらひらと揺らしながら、彼は真実を口にした。

「実はリーンベルグ側から今朝、会談の申し入れが再度届いていました。運んで来た鳥を返す時に、我々の書状も持って行かせればいい」
「それは早く言おうよ、片桐」
「書状の話など始めたら、確実に会談へ行く事になるでしょう。王よ」

 そんなもの、無くても行く事になるだろ。
 思ったが言わないでおいた。溜息を吐いたマリアが頭を抱えながら提案する。

「クロエ、私達は一先ず返事を書きましょう。放置しておけば、手紙の返信が無いのを理由に攻撃して来かねません」
「分かった」