2話 隣街の王サマ

14.クロエの解答


 片桐と相談していた事が気に障ったのだろうか。ハルリオが神経質そうにそれを指摘してくる。

「おい、王位同士が話し合っているのだから、士位などに口を挟ませるな」

 慌て始めたのは何故か、リーンベルグ側の士位・ルベリィだった。気の弱さが全面に押し出されているような、焦りきった顔と声音で「違うんですぅ!」、とよく分からない事を言い始める。
 それがどうやら、クロエ自身に向けられた言葉だと気付いたのは、他でもない彼女の焦燥に満ちた視線がこちらへ向けられていたからだ。

「は、ハルリオ様はそんな事を言いたい訳じゃないんです! 聖位も居ないし、鉄が無いのも事実で……お手伝い頂けるなら、こんなにいきり立ってなんか――」
「煩いぞ、ルベリィ!」

 やいのやいの、と言い合いを始めるリーンベルグ勢を前に、考えを巡らせる。聖位の用意は出来ない。彼等彼女等は同じ人間で、つまりは選択する権利がある。
 ただし、鉄鉱石の横流し、或いは採掘場を教えるのであれば可能だ。それで一度は怒りの矛先を納めて貰えるのであれば、場所くらいなら教えて構わない。そもそも鉱石に所有権などがあるはずもない。欲しいのならば、必要な分だけ持って行けば良いのだ。

「私が話をしても良い?」

 言い争うリーンベルグの住人を前に、クロエは淡々と口を開いた。途端、ハルリオが機嫌の悪そうな顔をするがルベリィがそれを制す。案外、2人の関係性は対等に近いものがあるのだろうか。
 言葉を発する場を得られたので、話の続きを始める。

「まず、あなたが要求してきた聖位。マリアについては譲る事は出来ない、何と言われようと。ただし、カタフィに流れて来た聖位にリーンベルグについて伝える事はする」
「何を生意気な――」
「そして士位を手放す事について。これは、私達も魔物狩りで食料を獲得しているから出来ない。何より、私に片桐を追い出す権利が無い。折角の申し出だけど、気遣いは不要。気にしなくて良いよ」
「――……」
「鉄鉱石については採掘場を詳しく教えるから、自分で採集して欲しい。場所はこの地点から西。行けば分かるけれど、正しい位置情報を知りたいのなら後で教える」

 ハルリオがギラギラとした目を向けてくる。要求3つの内、2つを完全に突っぱねた。彼の性格からして苛正しいと思っているのは事実だろう。そして、後はふんわりした街同士の運営についても、これは受入れられない。

「最後に、街の運営。これは私からの提案にはなるけれど、縦の繋がりというのは受入れられない。横広がりに、足りない物を折半し合って協力し合う関係性が好ましいと思う。支配者と被支配者という関係性は街を運営する上で相応しくは無い。言い方はよくないけれど、聖位の居ないリーンベルグに、傘下に入った街を完全にフォロー出来る体勢があるとは思えない」

 呻りださんばかりの勢いで苛々を迸らせるハルリオ。ややあって、絞り出すように呟いた。

「煩いな、そういう運営方法は望んでないんだよ……」
「けれど――」
「さっきから、指図をするな! 後から出来た街のくせに、クドクドと! 何も知らないくせに、仕切ろうとするんじゃない! 大体、横繋がり? 笑わせるなよ、街同士が対等に振る舞えるはずがない!!」

 聞く耳を全く持たない。どうするべきか、考え倦ねている間にもハルリオの言葉は続く。

「第一、聖位はやれないだと? 聖位っていうのは新しい街にこそ寄ってくるものだ。マリアはこちらに渡して、次に来る聖位を待てばいい。どうせ、すぐに姿を見せるさ。だから! その聖位は今すぐに渡せ!」

 ――何としてでも聖位が欲しいのか……。
 魔物狩りや鉄鉱石の前段階として、とにかく聖位が必要らしい。大きな街との事だったし、聖位がいないでさぞや苦労しているのだろう。
 しかし、クロエははっきりとその首を横に振った。他でもないマリア自身がカタフィにいる事を望んでいるのだ。それを無為にする訳にはいかない。

「マリアは絶対に渡せない。私は彼女の意思を尊重する」

 確固たる意思を感じ取ってくれたのか、ピタリとハルリオが言葉を止めた。分かってくれただろうか、と他街の王位に視線を向ける。
 先程まで怒り狂っていた彼は、やはりその双眸の中に煮えたぎるような怒りの色を宿したままだった。ややあって、打って変わって静かにポツリと呟く。

「……分かった。穏便にしようと思っていたが、もう止める」