2話 隣街の王サマ

13.リーンベルグのハルリオ


 ***

 目的地に到着した。かなり遠くに大きな街の壁だけが見える。恐らく、自分達の背後にもカタフィを覆う壁が見えている事だろう。

 既にリーンベルグ側の話し相手――恐らく王位とその士位――は到着し、馬上から何とも言えない表情でこちらを睨み付けていた。最初から敵意剥き出し。同盟以前に、まともな会話が出来るのかも怪しい。
 と、そこまで考えてクロエは内心で頭を振った。最初からそんな事を決めて掛かってはいけない。新しい街が近くに出来て、ピリピリしているだけなのかもしれないのだから。

 心を改め、馬に乗る男女を見やる。
 ――男の方は……見た事がある。
 女性より一歩前に立っている男性。彼には見覚えがあった。とは言っても実際に会った訳では無い。鏡の中に写り込んだ顔と同一だったのだ。
 気難しい顔、若いはずなのに眉間に深く刻まれた皺は一向に伸びる気配が無い。必要に駆られなければ嫌煙してしまいがちな人物像が先行している。
 一方で女の方はオロオロと頼りなく周囲を見回していた。どちらかと言うと、自分ではなく片桐とマリアを気にしているようだ。

 以上の視覚的情報から、一先ず男性の方はハルリオ・ディーン――王位であると仮定する。女性の方はリーンベルグの士位だろう。

 見つめ合っていても始まらない。そう判断し、一瞬の躊躇いの後にクロエは口を開いた。

「初めまして。カタフィの王位、クロエよ」

 返って来た言葉は挨拶とは程遠い言葉だった。

「お前が最近、あの小さな街に来た王位か。呼ばれる前に挨拶くらいしろ、どうなっているんだ! あと、会談だと言っただろう、人を連れて来すぎだ!!」
「……はあ。ごめんなさい」

 脈絡の無い言葉過ぎて何を言われたのか、一瞬だけ理解が追い付かなかった。何と言うか、コミュニケーション能力に著しい障害を来していそうな発言だ。出会い頭に文句を言われたのは初めてである。
 しかし、そんな彼を諫めたのは他でもない士位の彼女だった。

「お、落ち着いて下さい、ハルリオ様……! きょ、今日は会談の予定でしょう? あまりイライラされては――」
「分かっている! 煩いな!」

 ひええ、と情けない声を上げる女性士位を呆気にとられて見つめる。カタフィの士位はあの片桐なので、そういうイメージが固まっていたのかもしれない。色んな士位が居るものだ、としみじみそう思った。
 そんな我が街の士位・片桐が近付いて来て耳打ちする。

「王よ、あちらの士位、名前はルベリィです」
「ありがとう。覚えておく」

「おい!!」

 士位・ルベリィと何らかの話を終えたハルリオが不満そうに声を荒げた。自分が人を待たせる分には問題無いが、クロエに待たされるのは我慢ならないようだ。
 話が進まないので、聞いていると応じる。

「会談を始めるぞ。こっちも暇じゃないからな。まあまず、前提の確認だ」
「分かった」
「……まあ、カタフィもそうだとは思うが、街同士が協力するのは必要だ。こんな時勢だからな。協力するにあたり、数多の街を束ねる統率する為の街が必要だ」
「つまり?」
「最も大きく、強い街として。我々がその街を束ねる街になろう。街を運営するのに、幾つもの意見は不要だ。そんなものを取り入れている暇は無いし、いちいち会って話さなきゃならないのは負担だろう」
「……つまり、街同士でコミュニティを作って、それを束ねるのはリーンベルグ唯一つだと言いたいの?」
「そうだ。なかなかに物わかりが良いじゃないか」

 何を要求したいのかが徐々に見えてきた。発言の真意を測っていると、反論は無いと思ったのかハルリオは更に言葉を続けた。

「そうだな、我々が協力するのに必要事項が幾つかある。まず、聖位はこちらへ譲れ。見ての通り、リーンベルグは大きな街でね。水の供給が満足に出来ないのは大問題だ。そして、近隣の魔物はこちらで狩ろう。友好関係を築く為、カタフィは士位を手放す事。魔物狩りをこちらで請け負う代わりに、毎月一定量の鉄鉱石を納品して貰う」

 マリアが背後で盛大に溜息を吐いたのが聞こえる。当然だ。あまりにも横暴な要求を、まるで当然のことであるかのように求められているのだから。
 案の定、最初からリーンベルグを敵視していた片桐が隠しもせず舌打ちをした。相性が悪すぎる。ただし、幸い彼はちゃんと大人だった。手を出す前に、こちらへ話し掛けて来る。

「王位、あの要求はどれも呑むに価しないものです。断って戦闘に持ち込んで構いませんよ、負けませんから」
「物騒……」

 それは本当に最終手段だし、片桐は謎の自信を持っているが必ず勝利出来るとも限らない。その手段は向こうが仕掛けて来た後という事になりそうだ。