2話 隣街の王サマ

12.新しい住人


 ***

 翌日、目覚めたクロエは素早く支度をし、足取りも軽やかに教会へと向かった。
 今日はリーンベルグとの会談が行われる日。マリアから段取りについては昨日のうちに話を聞いている。手始めに、出発の時刻は午前7時の予定だ。大体、正午くらいには目的地に辿り着く事だろう。

 教会内部には本日の同行者が全員いた。位持ちの保護者2人に加え、案内役のバルトルトも一緒だ。

「おはよう」
「おはようございます」

 爽やかに挨拶してくれたマリアとは裏腹に、片桐は虫の居所が悪いようだった。眉間に皺を寄せているのが見て取れる。とはいえ、リーンベルグの問題が勃発してからこっち、ずっとこうなのでもう慣れた。
 仕方無く片桐を放置し、バルトルトに歩み寄る。彼もまた上の空という体でボンヤリとしていたのだが、クロエの接近に気付き快活な笑みを浮かべた。

「よう、今日はよろしくな」
「うん。ところで、移住の件はどうなったの?」
「お、察しが良いな。ちょっとこの間、片桐と相談したが俺も世話になる事にしたわ。つってもまあ、今日の会談次第ではもう一回リーンベルグに行く可能性があるから、確約は出来ねぇが」
「戻る用事があるの?」
「世の中、どう転ぶか分からねぇもんだぜ。クロエ」

 ――どういう状況なのかいまいちイメージが出来ないものの、複雑な事情があるのは確かなようだ。

「……ともあれ、歓迎する。バルトルト」
「ありがとさん」

 ***

 その後、ぴったり7時にカタフィを出た。馬の数は4頭、それぞれが1頭ずつ馬に乗っている事になる。
 時間が有り余っているので、この時間を利用して、マリアが注意事項について話し始めた。

「クロエ、一つ二つ、注意して欲しい事があります」
「分かった」
「ええ、まずバルトルトの件ですが……彼は名目上、貴方と会談する為の橋渡しという依頼を受けて私達と行動をしている事になります。ハルリオの不信感を煽らない為にも、会談が何らかの形で終結するまではカタフィの住人になった事を伝えないでください」
「……警戒される、という事?」
「はい。バルトルトがカタフィ側に付いたという事は、士位のバランスが2対1になります。間違いなく話が拗れますので」

 あまり考えた事は無いが、士位のバランスというのは警戒に直結する、その理論には頷ける。噛み締めるように、自分とはかけ離れた他人の思考に理解を示しつつ、続きを促した。

「――無いとは思いますが、もし急にハルリオが仕掛けて来た場合。会談は中止とします。私達は言葉を交わしに来たのであって、剣を交えに来た訳ではありませんから」
「分かった」
「そして最後に、恐らく今回の会談は途中で黒い雨が降っても中止にはなりません。王位が互いに付いている状態なので雨に関しては気にする必要が無いからです。そして、クロエ。貴方は私達より前へは絶対に出ない事。これだけは約束してください」
「……約束する。そのハルリオという王位は、そんなに野生の動物的に危険な人物なの?」
「否定は致しません」

 聖女の見本のようなマリアにここまで言わしめる人物とは。
 以前に鏡の中で見た顔は、確かに気難しそうではあったが、そこまでするような人物には見えなかった。尊大な態度や何か別の要因でそういう風に見え、認識され、損をしているのではないだろうか。

「ああそうだ、王よ。私からも良いですか?」
「どうしたの、片桐」
「実際問題として、ハルリオと良好な関係性を築く事は出来かねると思います。交渉が決裂した際には、潔く諦めていただけますね?」
「他の街が嫌がる事を無理強いはしない。それをリーンベルグが受入れられないと言うのなら、諦めると思う」
「よろしい」

 少しだけ機嫌を直した片桐を余所に、バルトルトが眉をひそめる。

「いやー、同盟とか無理だと思うぜ。俺は。アイツ、結構面倒臭いし余所者を虐げる傾向にあるって。あっちは同盟とか考えてなくて、単純に適当な理由を付けて聖位が欲しいだけだろ」
「私はカタフィから離れるつもりはありません。他でもない、我等が女神の思し召しdすので。それを蹴るような、不信心は赦されません」

 カタフィ唯一の聖位であるマリアはきっぱりと首を横に振った。勿論、どういう状況であれば他でもないマリア自身がカタフィへの残留もとい引っ越しを希望しないのであれば、その意思に従うのみだ。
 それに、とマリアがやや小さく呟いた。

「あの大きなリーンベルグの街に聖位が居ないのは、王位側にも問題があります」