2話 隣街の王サマ

11.路地での密談


「――どうですか。終わりそうですか」

 どこか白々しい声音で、マリアははっと我に返った。見ればすぐ背後に片桐が立っている。いつの間にやって来たのだろうか、気配を消して近付くのは止めて欲しいものだ。
 そして、そんな片桐は懸念通り全く以てクロエと一緒ではなかった。一人。一人でこの水汲み場に居る。

「……片桐。王はどうしたのですか」
「王? さあ、どうしているのでしょうね。朝から見かけていませんが」

 ――やはり片桐はクロエに関心が無い。
 あまりにも適当な返答に閉口せざるを得ない。

 とにかく必要事項の確認を済ませ、早急にクロエの居場所を探る必要がある。あの様子から、バルトルトが卑怯な手段を執るような人物には見えないが、それでも完全に信用出来るかと言われれば話は別だ。
 片桐よりバルトルトの方が分かりやすいという事態に頭を痛めつつ、マリアは口を開く。今終えておかなければならないのは、明日の会談についてだ。

「明日ですが、どうしますか?」
「どう、も何も。いきなり殺しに掛かって来たりはしないでしょう。余程何か、切羽詰まっていない限りは。ですので、王が赦すのであれば上下関係というものを叩き込んでやりたいとは思います」
「王の判断に委ねると?」
「ええ。当然、王の仰せのままに」

 無関心、そんな単語が脳裏を過ぎる。そう、彼は無関心なのだ。街の事に関しても、新しい小さな王位に関しても。どう転んだってその余裕の態度を崩しはしないだろう。

「では、明らかに不当な量の物資などを要求された場合には王を一度止めるという事でよろしいですか。彼女はまだ、外の街というものを、恐らく知りませんし」

 心配があるとすれば、その一点だった。クロエは出自も謎めいているが、ほんの少しだけ他人をあっさり信じすぎるきらいがある。ハルリオの言う事を真に受けて、ホイホイ物資を差し入れしていたのでは、カタフィの物資が尽きてしまう事だろう。
 そうですねえ、と片桐があっけらかんと答える。

「その時は有無を言わさず、叩き斬ってしまいましょうか。人間、救えるものには限りがあるというもの。余計な事をしている余裕はありませんし」
「最初からそれが目的ではないでしょうね」
「どうでしょうか。私としてはどちらへ転んでも構いませんが」

 悔しいことに――片桐が言う事は一理ある。
 ハルリオは他人の言う事をはいはい、と聞く王位ではない。最悪、片桐の目論んだ通りになり会談どころでは無くなるだろう。それでも、どう扱われるか分からない傘下に入るより、片桐に王位を殺害して貰った方が円満に事が進む気がしてならない。
 神よ、と心中で祈る。
 最近少しばかり過激になってきた自分自身の思考を振り払うように。こんなものは神職者では無いと。

 ***

 日が傾き、夜の帳が下りる。
 バルトルトと別れたクロエはその日1日会わなかった保護者達に一度顔見せをした後、夕食を取って部屋へ戻って来ていた。
 何やらマリアが難しそうな顔をしていたが、真相の程は謎である。

 例に漏れず、就寝前の準備を始める。何故だろう、今日は簡単に寝付けない気がする。
 髪を梳いて、ベッドの布団を整える。明かりを消し、ようやっと柔らかな布団の中に入れた。

 日中、ずっとバルトルトと街を歩いていたからか心地よい疲労感と眠気が同時に襲って来る。それに抗う事無く、クロエは両目を閉じた。

 途端、鮮明なイメージが脳内に浮かび上がる。
 どこだかは分からないが、カタフィの内部。外は真っ暗で月が昇っているのが分かる。狭い路地に、片桐とバルトルトが立っていた。如何にも密会、そのような体で。何の話をしていたのかは分からないが、会話の後半部分だけが聞こえてくる。

「――では、そのように。これからよろしくお願い致します」
「了解」

 2人の間で何かしらの取り決めが可決したようだ。片桐は全くの無表情だったが、バルトルトは僅かに顔を綻ばせている。
 ――カタフィにバルトルトが住む話かな? 明日の朝、聞いてみよう。
 はっきりとそう思った瞬間、イメージが終息。ようやくクロエは眠りにつけた。