2話 隣街の王サマ

09.バルトルトと散歩・下


 ***

 のんびりと街を歩きながら、バルトルトとの会話を楽しむ。片桐やマリアは最初からカタフィにいたが、彼は外から来た人物。興味は尽きない。

「昔はどこかの街に居たの? バルトルト」
「俺? んー、そうだなあ。2回くらいはちゃんと俺の王を決めて仕えてた事もあったぜ」
「2回も?」
「おう。まあ、その2回とも住めなくなっちまった訳だが。……え、興味あんの?」

 デリケートな問題そうだったので、あまり聞かない方が良いのかと思ったが、予想に反して彼自身は聞かれれば答えてくれそうな空気を醸し出している。出来れば概要を知りたかったので、クロエは頷いてみせた。
 そうか、と言葉を溢したバルトルトが会話を整理するように、一瞬だけ黙り込む。

「――1回目は王位が歳で死んじまったんだよな。後任が居なかったせいで、近くの街に合併吸収された。新しい王位とは気が合わなかったし、俺以外に士位が居たから新しい街を求めて旅に出たんだよ」
「そう……」
「そんで、2回目は隣街と資材争いをしてる街でよ。その戦争に負けて、街が隣街の傘下になったんだよな。そしたら、士位警戒つって俺だけ追い出された」
「……? 何故、士位を追い出そうとするの?」
「端的に言えば邪魔だからだろうな。聖位はともかく、士位は何人も要らないだろ」

 そうだろうか、クロエは首を傾げた。

「たくさん居てくれた方が良いと思うのだけれど」
「んー、士位は無駄に力が強いからな。しかも、王命で行動を制限する事も出来ねぇだろ。だったら、余所の士位なんざ危ないだけじゃねぇか」
「そう。私には、よく分からない話だけれど」

 まあ、と補足するかのようにバルトルトが言葉を紡ぐ。

「さっきも言ったが、聖位は居てくれた方が良いんだよな。水の整備から感染症の予防まで、仕事は盛り沢山だ。つっても、一つの街に聖位だけ一杯いたりするから、抜本的に数が足りねぇんだが」
「そうなんだ」
「聖位の方も、ある程度整備された街が好きだからな。というか、街が整ってからが聖位の仕事だし。仕方無いと言えば仕方ねぇな」

 確かにバルトルトの言葉は正しい。何せ、綺麗な水も、感染症も。そこに街が無ければ不要の長物だ。だからさ、とダラッとした調子で彼は言葉を続ける。

「マリア。あいつスゲェな。街を士位と一から作ったんだろ? 聖位になった時点で、引く手あまたなのによくやるぜ。リアル聖女じゃん」

 彼女は思考回路が人間離れしすぎている。だが同時に、尤も人間らしい懸念を抱く人物だ。そういう安定と不安定を繰り返す聖人。
 マリアの事について考えていると、バルトルトが意識を引き戻すように話題を変えた。

「――それで。俺の事は話して聞かせたんだから、次はお前の番だな」
「私について知りたいの? それとも、マリアや片桐の事?」
「いいや、お前自身に興味があるんだよ、俺は」

 クロエ自身の事について聞かれるのは珍しい。どことなく初めての新鮮さを味わいながら、ドキドキと次の言葉を待つ。ワクワクしているのを見抜かれたのか、やや苦笑されてしまった。

「隣街の……王位、ハルリオ・ディーンは人格が相当歪んでる。同盟を組むのは難しいけど、どうするつもりなんだ?」
「私の意見を聞きたいということ?」
「ああうん。というか、この面子だと多分お前の意見が一番強いぞ。誰も口答えしないだろうしなあ」

 それは何とも言えないが、問いに関するクロエの意見は決まっている。

「会って話をしてみない事にはどうしようもないと思う。所詮は同じ人間同士。互いに妥協しあって、協力していく方向に持って行きたい。相手が誰であろうとも」
「……資材ってのは、街の起ち上げ当初はたくさんあるんだよな。ただ、これは段々人口が増えると反比例して減っていく傾向にある」
「そうなんだ」
「余所の街と同盟を組むって事は、資材の面でも助け合うって事だぜ。面倒だろ?」
「いいえ。資材が足りなくなる事は無いから、問題無いよ。ずっと前から、効率の良い採取地がどこにあるのか――なんとなく、分かる」

 それは事実だった。資材が足りないと一言教えてくれれば、望む物がある採取地を伝える事が出来るという漠然とした確信を抱いている。

「そうか……。そうだよな。そういえば――」
「バルトルト?」
「――お? ああ、何でも無い」

 我に返ったバルトルトはそう言うと、彼によく似合う悪戯っぽい快活な笑みを浮かべた。カタフィには居ないタイプの人物だなと、つくづくそう思う。

「あ、そうだ。これさっきの加工屋で買ったんだけど、お前にやるよ」
「いつの間に……」

 そう言って差し出して来たのは小包だった。カラフルな色をした箱。

「飛び道具避けのアクセサリーだ。会談で暗殺されても嫌だし、用心の為と思って持っててくれよ」
「……けれど、こんな物、貰って良いの?」
「宿代、宿代」

 釈然としないながらも、既に現物を手に持っているので断り切れず、小包を受け取る。バルトルトには悪いが、加工屋で売られている物全般に関して苦手意識がある。受け取った以上、使用するが居心地が悪い事この上無い。