2話 隣街の王サマ

08.バルトルトと散歩・上


 ***

 その後、特に何も無くいつも通りのルーチンワークを終え、翌日を迎えた。今日も良い天気だ。
 外へ出る為、教会の内部へと立ち寄る。自宅の構造上、外に出ようと思ったら必ず教会を経由する必要があるからだ。

「おっ、おはようさん」
「おはよう。朝、意外と早いんだね。バルトルト」

 教会へ足を踏み入れると机に行儀悪く座ったバルトルトを発見した。彼は確か宿舎に居たはずなので、わざわざここまでやって来たという事になる。それにしては、何かに祈りを捧げている様子は無いが。
 心中で首を傾げていると、彼は用事を切り出した。教会では無く自分に用があったようだ。

「なあ、暇なら俺とカタフィを回ってくれよ。ちょっと寄りたいところがあるんだよな」
「街を見たいという事?」
「おう、まあそんな感じだな。ま、用事があるってんなら別に良いぜ」

 本日の予定を思い浮かべる――が、用事らしい用事は見当たらなかった。カタフィに来てからこっち、行き当たりばったりな用事以外の用事に出会した事が無い。王位というのは案外やる事が無いのだろうか。
 バルトルトの問いに対し、クロエは首を縦に振った。

「分かった。やる事も無いし、一緒に街へ行こう。私が案内するから」
「あざーっす。よっしゃ、じゃあ行くか!」

 まるで近所のお兄さん。気さくで、敵意なども感じられない。これが全て演技であったのならば脱帽ものだ。

「バルトルト、まずはどこへ行きたいの?」

 教会から出、リクエストを聞く。バルトルトは問いに対し即答した。

「加工屋。これだけの規模の街だ、あるよな?」
「加工屋……。分かった。なら、こっち。どうして加工屋に行きたいの?」

 加工屋の店主は陽気だし、皆が必要な建物だと言うが、未だに苦手感が抜け切らない。そのせいか加工屋は嫌煙してしまっているのが現状だ。働いている方々には大変申し訳ない。
 クロエの不安を余所に、彼はあっけらかんと答えた。

「いやよ、俺、流れだろ? 街に留まってねぇから武器の手入れとかが万全じゃねぇんだよな。だから立ち寄った街で得物の整備をして貰ってるって訳だ」
「リーンベルグではしなかったの?」
「怪しい奴、ってんで宿しか貸してくれなかった上にこうやってお遣いに出されたんだよ。ったく、勝手だよなマジで。まあ、道中で狩った魔物の素材も切り売りしたり、色々やる事があるんだよ」

 ――生活するのに必要な方だったか。
 僅かに内心で反省する。やはり、何となくで毛嫌いしていてはいけない。加工屋も人々の生活を支える立派な仕事だ。

「……というか、バルトルト。カタフィに住まない?」
「急に!?」
「ええ。だって、流れなんでしょう? 他に行く場所が無いのなら、カタフィに居て欲しい」
「おー、それも良いな……」

 もう一押しすれば来てくれそうだ。
 士位も聖位も、もっとこの街の中に居て欲しい。居てくれなければならない。出来るだけ多く、たくさん。

「ちゃんと考えてね、バルトルト。私はいつでも歓迎するから」
「分かった! 検討しておくぜ!」

 話し込んでいる内に加工屋に到着した。こちらを見つけた店主から大きく手を振られる。穏やかで陽気な店主は、何やら本のようなものを読んでいたようだった。

「おお! お久しぶりです、王様!」
「久ぶり」
「今日はどうされましたか? 王は、あまり武器類を握らないとマリア様に窺ったのですが」

 あまり顔を出さないせいか、マリアが上手い事言及を躱してくれていたようだ。心の中でマリアに礼を言う。
 バルトルトが話を切り出した。

「いやあ、実は俺の武器をメンテして貰いたくてよ。頼むぜおっさん!」
「メンテナンスね。承知致しました」

 短く仕事を依頼し終えると、バルトルトはごっそりと麻袋をそのまま店主へ渡した。中身はどうやら全て武器らしい。中身は見えない。

「バルトルト、たくさん武器を持っているんだね」
「もっとあるぜ! 大体2つに分けて持ってんだよ。長旅してるからな。途中で得物が使えなくなると死ぬ」
「それもそうだね」

 店主は武器の入った麻袋を重そうに抱えて店の奥へと入って行った。それを横目で見ていたバルトルトは、続いて商品棚へ目を移す。丁度、加護系の魔法が掛けられたアクセサリーの棚だ。

「なあ、王様」
「なに?」
「ハルリオに会うんだろ。だったら、身を守る類いのマジック・アイテムを持ってった方が良いぜ」
「どうして?」

 それまで楽しげだった表情から一転、何を思っているのか分かり辛い無表情へと変わったバルトルトは淡々と言葉を紡いだ。

「アイツは自分が邪魔だと思った人間を平気で排除出来る野郎だからだよ。お前のところ、ただでさえ女神から贔屓されてるし、それも癪に障るんだろうな」
「そんな事は無い。女神は平等であると聞いているけれど」
「嘘じゃねぇが、その情報は正しくも無いぜ。現に、カタフィは女神自身が『王位を用意するから街だけ造っておけ』ってんで出来た街だ。女神が手ずから王位を用意するなんて話、聞いた事ねぇよ」

 ――そうだったのか。
 片桐とマリアが示し合わせたように、あの場所へ馬を連れて迎えに来たのは女神のお告げ効果だったらしい。確かに、よくよく考えてみるとタイミングがピッタリ過ぎたとは思う。

「リーンベルグはここ近辺では一番大きな街だからな。王位のハルリオもそれを自覚してる。気がデカくなるのも当然ってやつだぜ」
「どうして大きい街の王位だと、気が大きくなるの?」
「まあ、人間心理ってやつだよ。それに、マリアと片桐の政策か、街が完成してるのに使者も送らなかった事に相当ご立腹だったぜ」

 どうやら面倒臭い人物らしい。
 それでも、同じ人間。真摯に向き合えば、きっと良い関係を築けるはずだ。

「ま、暗い話は止めて散歩でもすっかな。街、案内してくれるんだろ。王様」
「分かった。じゃあ、私の散歩コースを回る」
「散歩コース……」