2話 隣街の王サマ

06.3対1の原理


 そう考えていた事を読み取られたかのように、片桐が胡散臭い笑みを浮かべる。

「王よ、こちらもまだ色々と準備が整っていない段階です。一度会談については見送ってはどうでしょうか」

 いえ、とここで意外にも片桐の言葉に異を唱えたのはマリアだった。

「どうせ、いつかはぶつかる問題です。リーンベルグ側が穏便に会談だと言っている間に一度会われてはどうでしょうか。完全に私の勘ですが、今この機会を逃すと隣街との間に深い溝が出来てしまう気がします」

 ここに来て保護者組の意見が真っ二つに割れた。笑みを浮かべている片桐はしかし、目がちっとも笑っていない。マリアもまた、珍しく剣呑な空気で彼を睨み返しているのが伺えた。
 ――となれば、全ては自分の意見に委ねられるという事になる。この場に意見を述べる事が許された者が3人いて、選択肢は2つ。どちらかを選べば、どちらかを選ばないという事になる。
 なるのだが、クロエ自身の意見は変えようも無く決定されていた。

「会談には行ってみる。ここで話し合いを見送るのは、マリアの言う通り得策ではないと思うから。それに、リーンベルグとは協力し合う、よりよい関係を築いていきたいと思っているの。片桐は、やっぱり反対する?」
「……いいえ。勿論、我等が王の意見に従いますとも。ええ、不満などありませんよ」

 納得してはいなさそうだが、意見が孤立していると悟ったのか存外あっさり片桐はその首を縦に振った。会合について反対はしたが、特に押し通したい意見でも無かったのだろう。

 ちょっと良いか、とここまで身内間の話し合いを黙って見るに留めていたバルトルトが軽く手を挙げる。

「一応、リーンベルグに二泊三日した身として補足しておくが、俺の見立てだと協力し合う関係にはなれなさそうだぞ。あの人等。築ける関係性、つったら『支配者』と『被支配者』の関係性だけだろうな」

 補足の説明を加えて来た、余所の士位。その表情をじっくりと観察する。発言そのものに目論見などは無く、ただただ事実を語っているに過ぎない口調。彼は間違いなく流れの士位で、現状において中立的な目線を持っていると言える。
 しかし、クロエはその言葉に対し首を横に振った。バルトルトが嘘を吐いていると、そう思っている訳では無い。

「どうであれ、会談は行う。同じ人間である以上、どうにかして良い関係を築いて行きたいという気持ちは変わらない」

 強い口調だったせいか、マリアがやや不安そうに肩を竦めた。

「バルトルト、あなたはどうするの? 一緒に来る?」
「おう、俺は同行するぜ。3日後の会談にお前等を連れて行くまでが、俺の仕事だからな。と言うわけで、会談までの2日間は泊まるところを貸しちゃくれねぇか?」
「分かった。場所は用意しておく」
「おっ、サンキュー」

 そういえば、リーンベルグまでは隣街とはいえそれなりの距離があると聞いた。手をひらりと振っているバルトルトに訊ねる。

「そういえば、あなたは雨に降られてはいないの?」
「んー、まあ来る途中に3時間くらいは当たったな」
「そう。では、教会で身を清めてね。3時間くらいじゃびくともしないのかもしれないけれど」
「マジか。1時間くらい、お前もここにいて貰う事になるぞ」
「ええ、構わないよ」

 そうか、とバルトルトが僅かに破顔する。

「お前、優しい王位だよ」
「……? どうも」

 ***

 教会に居残る事1時間。
 マリアは聖位である為、多忙という事で早々に離脱し、その後は姿を見かけていない。途中で片桐も飽きたのか教会を出て行ってしまった。
 先程まで教会で身を清めていたバルトルトも、1時間が経過した後に別れた。疲れているようだったが、マリアのお陰ですぐに休む場所を確保出来たらしい。

 その他諸々を見届けたクロエは一度、自身の寝所に戻って来ていた。まだまだ寝る時間では無く活動する時間だが、日が落ちたせいか肌寒い。上着を取りに来たのだ。
 外に出る為にもう一度教会の内部へと足を進める。
 先程まで自分とバルトルトしかおらず、その後は無人と化していた教会には新たな人影が鎮座していた。

 薄暗い廊下から見えるその人物。目を細めてよくよく見てみると――どうやら片桐のようだった。
 しかも、ポーズ的に何かに祈りを捧げる姿勢。片膝を突き、いつかマリアがしていたように目を閉じ、手を組み合わせている。大変珍しい光景に思わず足を止め、ついでに息も止めた。

 片桐はその手にチェーンを持っている。チェーンの先には何か長細い物が付いているようだったが、それは他でもない彼自身が両の手で包み込んでいるので、実態は分からない。
 それに対し祈りを捧げ――口付ける。
 何か見てはいけないものを見ているのだと、この瞬間にはっきりと自覚した。

「――忘れ物ですか?」
「ひっ……!?」

 急に目を開け、こちらに視線を向けた片桐が、これまた唐突にそう訊ねる。まさか存在を気付かれているとは欠片も思っていなかったので、情けない小さな小さな悲鳴が漏れた。