2話 隣街の王サマ

04.お客様


 ***

 時間は少しばかり遡る。

 マリア達と教会で別れたクロエは街の中を歩いていた。初めて来る場所、初めて会う人々――街は新鮮さで溢れている。住人達はとても友好的だ。歩けば食べ物のお裾分けを、加工屋からは謎の肉とアクセサリーを貰った。
 ただ、このアクセサリーに関しては形の無い嫌悪感で一杯になる『何か』があるのだが。

「王様!」

 アクセサリーについて思いを馳せていると、切羽詰まったような声が耳朶を打った。一拍おいて自分の事だと把握し、周囲を見回す。
 のんびりと行き来する住人の中に、明らかに用事があると思われる男性が混じっていた。その人物は大きく手を振りながら、やがてクロエの前に到着する。

「どうかしたの?」
「おっ、王よ! 門の前に……旅人のような者が来ておりまして。これは、どう致しますか? 追い返しますか?」
「お客さんが来ているの?」
「え、ええ。ですが、誰かがカタフィに来ると言う話は聞いていませんね……。入れずに追い返した方が良いでしょうか?」

 門の前に来ている何者かの処遇について聞かれているようだ。何故か目の前の彼は執拗に客を追い返そうと言ってくるが、首を横に振る。
 ――雨が降ってきたら大変だ。中に入れてあげなければ。

「どうして追い返すの? 中に入れてあげていいけれど」
「えっ!? いっ、いえ、王がそう仰るのでしたら、まあ、そのように……」

 彼の意にはそぐわない意見だったらしい。
 しかし客を適当に扱う訳にもいかない。

「門の前に居るのでしょう。私も行く」
「ええ? そ、そうですか」

 困惑顔の住人の後に続く形で、クロエもまた門前へ向かった。住人達が怪訝そうな顔をしていたがどこ吹く風である。

 そう大きな街でもないので、門へはすぐに到着した。恐る恐る、と言った体で住人達が遠巻きに門を眺めているのが分かる。やって来た客は随分と待たされているだろうに、騒ぐ訳でも無く大人しく門の外で待っているようだった。

「王様、本当に門を開けてもよろしいのですか? その、見た所、片桐様もマリア様もいないようですが」
「? うん、開けて。いつまでも外で待たせる訳にはいかない」
「はあ……」

 入念にもう一度、開けて良いか訊ねた住人は首を傾げながら門を護っている仲間へ開けるよう指示を出しに行った。
 ややあって、重々しい音と共にゆっくりと門が開く。

 客、というのは男性だった。金髪、変わった髪型でエメラルドグリーンの双眸。目付きがかなり悪い。そして、恐らくは一般人ではないだろう。片桐やマリアと同質の何かを感じる。
 そんな客はクロエを見るなり、ぎょっとして目を見開いた。門は開いたというのに、呆然とその場に立ち尽くす。
 一拍の間を開け、我に返ったように彼は叫び声を上げた。

「……はァッ!? いっ、いやいや! 王位が直々に開けてくれたのかよ!! 俺が言うのも何だけど、もっと危機感持った方が良いぞお前!!」
「え? あ、うん」
「しゃんとしろ、しゃんと! お前そういう所だからなッ!!」

 微妙に正論とも取れる形で説教されてしまった。言うまでも無く、彼とは初対面。何故頭ごなしに怒られているのか見当も付かない。
 しかも、開けてやったと言うのに彼は街の敷居を跨ぐ事無く、街の手前で所在なさげに佇んでいる。否、呆れたように頭を抱えていると形容した方が正しいだろう。

 街にまで来ておいて、行動のパターンが意味不明過ぎたのでクロエは首を傾げながらも問いを投げかけた。

「どちら様?」

 こちらをチラと見た客人は全く躊躇う事無く、自らの個人情報を開示する。

「俺はバルトルト。士位だ」

 短いがインパクトのある紹介に、小さく悲鳴を上げた住人達が客人――バルトルトから距離を取り始める。その表情には明確に恐怖が浮かんでいた。
 それを尻目に、クロエは外に突っ立っている彼に対し、手招きする。

「私はクロエ。折角来たのだし、中に入って? そんな所に立っていたら、雨に降られてしまう」
「――本当に、入って良いんだな? 俺を中に招くって事だぞ」
「……? どうぞ、歓迎する」
「そうかい。まあその、先に言っておくが、俺に敵意とかは無いからな。次からは簡単に他人を中に入れるなよ、本当」

 急に敵意が無い事を口走ったバルトルトは、最後に一度だけ中へ入る事を躊躇った。が、次の瞬間には門を越え、中へ。どうしてだか非常に肩身が狭そうだ。