2話 隣街の王サマ

03.保護者会議


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 お隣の街、リーンベルグとの会談だか会合だかを先送りにするという事で決着した。クロエはそれを素直に聞き入れ、来たばかりのカタフィを見て回りたいとの事でそそくさと教会から出て行ってしまったが、マリアと片桐はまだ中に残っている。

 ――先延ばしにはしたけれど、結局、リーンベルグの問題は早急に解決しなければ。ハルリオが余所の王位との会談に応じてくれるとも思えないし、手を打つなら早め早めが良いはずだ。
 マリアはうっすらと溜息を吐き、行儀良く椅子に腰掛けた。そう、先送り、先延ばしにはした。放置していては解決しない問題を。裏を返せばいつかは解決に向けて動き出さなければならないという事だ。

 それを片桐も理解しているのだろう。相変わらず何を考えているのか分からない、能面のような胡散臭い笑みを浮かべたまま、恐らくはマリアの言葉を待っている。

「……片桐。リーンベルグの件ですが、どうしますか? やはり、一度連絡を取り合って話し合いの場を設けますか」
「…………」
「王位が統治を始めた以上、カタフィも正式な街となりました。今までは聖位の移動勧誘だけで済みましたが、これから先は軍事的な攻撃をしてくる可能性だってあります。難癖を付けられる前に動く方が利口ではあると思いますけれど――」

 聞いているのか、と急に寡黙な士位殿を一瞥する。横柄に腕を組んでいた彼は、目が合った瞬間に口を開いた。

「いっそ、私達が先にお隣さんを畳んでしまいますか?」
「……はい? ちょっと言葉の意味が分からなかったのですが」
「ですから、やられる前にやる。向こうが動き出す前に、ハルリオ・ディーンを暗殺してしまうのも一つの手ではありますね。軍事的な攻撃をしてくる可能性がどうのと、貴方は先程言いましたが、間違いなく何らかの面倒事を吹っ掛けて来る事でしょう」
「だ、断言出来る段階ではありませんよ、口を慎みなさい」
「まさか。聖女サマはハルリオの凶暴性をお忘れですか? あのプライドの亡者のような彼が、新しく出来た街を野放しにしておくはずがない」

 まるで見てきたかのように言うな、と思わずマリアは口を閉ざした。確かに、片桐もハルリオに会った事はある。リーンベルグには聖位が居ないので、是非にと何度も勧誘された。
 ただし、ハルリオと片桐は当初からかなり相性が悪かったのは確かだ。ハルリオは片桐を不要の長物として相手にしなかったし、片桐もまたその空気を敏感に感じ取ってかうっすらと殺気立っている程。
 ――片桐にリーンベルグの話題を振ったのは間違いだったかもしれない。
 好戦的過ぎるし、暗殺など以ての外だ。何より、カタフィの王位・クロエは対談を望んでいる。暗殺してしまってはお話どころではない。

「――あれ、そういえばクロエはどうしたいのでしょうか。協力し合って、と言っていたようだったので同盟を組みたいのでしょうか?」
「あの口振りからすると、そうでしょうね。だからこそ、会談が実現する前に王位を討ってしまえば、対談もクソもありませんよ」
「だ、だから物騒な事を言うなと言っているでしょう!」

 第一、他街の王位を暗殺したとして。全く何もしていない民達はどうなると言うのか。片桐の勝手な行いのせいで、黒い雨に蝕まれ全滅しろとでも言うつもりなのだろうか、恐ろしい事である。

「片桐、リーンベルグの住人はどうするつもりですか。野垂れ死にしますよ、王位が居なくなれば」
「カタフィを増築しましょうか。幸い、我が街にも王位殿がいらっしゃいましたので。壁の範囲をもっと広げる事も可能ですね。であれば、ハルリオ如きの造った街の住人を受入れる事など容易いでしょうし」
「……」

 ――前からこんなに好戦的だっただろうか。
 少なくとも記憶の中にある片桐は、敬虔な女神の信者である程度人道に沿った発言をしていたはずだ。

 違和感を抱きながらも、これ以上の問答は不毛だと感じたマリアは首を横に振る。王位暗殺などとんでもない。クロエは対談を望んでいるのだ。片桐の意見を肯定する事は無い。

「視察、もしくは会談は一度必ず行います。それは他でもない、王位の意見ですから」
「おや。もっと楽な道もあっただろうに」
「何とでも言ってください。私は王の意に従います。片桐、貴方の役目はただ一つ。万が一、リーンベルグに――他の王の『ウォール』内部に招かれるような事があれば、我等の王位を死ぬ気で護る事です」
「ええ勿論、理解しておりますよ」

 本当にそう思っているのか疑問を感じずにいられない。口先だけの台詞ではないのか。
 今までの行動パターンから推測して、彼がクロエを王位と認めていないのは確実。現状は彼女の意見に従う姿勢を見せているが、それも新しい王位を試すような行為と見て良いだろう。
 王位を任せるのが心配でならない。何かボタンを掛け違えれば、そのまま見捨ててしまうのではないかという不安が拭えない。

 視察へ行く事になったら絶対に同行しよう。ハルリオのしつこい勧誘にはうんざりもするが、背に腹は代えられない。

「片桐。ともかく、視察の件は一度見送ると私が王位に伝え――」

 行儀悪く机に座っていた片桐が急に立ち上がる。その視線は出入り口の扉を睨み付けていた。
 どうしたのか、そう聞くより早く腰に差したカタナという武器に手を掛けた彼は、人間とは思えない速度で教会を飛び出して行ってしまった。