1話 街の住人

11.鏡の中


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 その他諸々の後処理が完全に終了し、皆で夕食を摂り、長かった1日がようやっと終わりを見せたのは午後9時過ぎだった。
 今日は本当に長い1日だったと実感する。意味不明に目を覚まし、気付けば街・カタフィに招かれ、街の散策をし、そして魔物の討伐の見学もした。濃すぎる1日だったと言えるだろう。

 少しだけ疲れたように息を吐き出したクロエは教会の拡張された住居をぐるりと見回す。マリアや片桐は街の中に自宅があるらしく、ここまで案内すると各々の家へと帰って行った。
 室内は人が一人だけ住めるように、豪奢な意匠の机や椅子が置かれている。部屋数も何個か存在し、洗面所などもきちんとある。この部屋に居るだけで大抵の事は出来てしまうだろう。贅沢な生活だ。

 不意に気になり、クローゼットを開けてみる。
 あらゆる種類の衣服が詰め込まれており、もっと言えば下着なども収納されていた。誰が用意したのだろうか、こんなもの。
 カタフィに来た時は靴が無くて難儀したが、その靴も新品がきちんと揃えて並べられている。何不自由ない生活、いっそ恐ろしくなるくらいだ。

「そうだ、髪を梳かなきゃ」

 寝る前、きちんと髪を梳いて眠るようマリアから謎の助言を頂いた。それを無視する訳にも行かないので、備え付けの鏡を覗き込む。手にはきちんと櫛も装備した。
 髪の長いマリアに教えられた通りに、風呂上がりで少しだけ湿っている髪を梳かしていく。

「――えっ」

 鏡を覗き込み、自分自身を睨み付けつつ作業に従事していた、その時だった。ぐにゃり、鏡に映った自身の顔が微かに歪む。
 疲れによる幻覚かと思われたが、そんな事は無かった。歪みは更に広がり、そしてクロエのものではない誰かの顔を映し出す。

 金髪碧眼の男性。不機嫌そうで、眉根に寄せた皺が深く走っている。歳の頃ならマリアや片桐と同じくらいだろうか。豪奢な衣装を身に着けていた。

 ――誰だろう、この人は。
 鏡に映し出されたその人自身はクロエの事を全く認識していない。と言うより、これは絵画などに近いのではないだろうか。実際に、目の前に人間がいるのでは無く、鏡が映し出した絵。そんな気がする。

 変に冷静な頭で、まじまじとその顔を見つめる。何故だか覚えておいた方が良いような気がした。
 全く勘の域を出ないのだが、自分と同じ人種の人間である気がする。マリアや片桐、そしてクロエ自身が持つ『位』と名の付くそれに。

 瞬きを繰り返す事数回。一瞬の間に鏡は本来映すべきだったクロエを再度映し出していた。男性の面影は欠片も無い。
 気を取り直すように、髪の手入れを再開する。ただし、頭の中では明日の事を思い浮かべていた。

 今日あった事をマリアか片桐に相談しなければ。
 あの2人は最早、保護者のようなもの。何か気に掛かる事があれば、それは共有していた方が良いだろう。

 今起きた事を一旦胸の中に仕舞い、櫛を置く。今日は疲れた事だし、そろそろ就寝して明日に備えなければ。
 そそくさとベッドに横になったクロエはランプの光を消した。