1話 街の住人

04.役割分担


 ***

 与太話をしている間に、教会と呼ばれる建物に到着した。人が数名出入りしている光景を目に収める。しかし、この馬はどうするのだろうか。
 裸足で地面を歩くな、と先程釘を刺されたばかりなので仕方なく周囲を観察する。このまま馬の背から下りた方が良いのだろうか。

 そんな心配は杞憂に終わった。いつの間にかマリアがその手に小さな靴を持っていたからだ。察するに、教会の中から持って来たのだろう。

「これをどうぞ」
「ありがとう」

 靴を履き、マリアから手を引かれ、馬の背から下りる。まるでお姫様だか何だかのような扱いにむず痒さすら覚えていると、黙ってその様子を見ていた片桐が2頭の馬を引いて教会の裏手へと入って行ってしまった。

「さあ、クロエ。早速中へ入りましょうか。遠慮は要りません。教会は貴方の住居でもあり、誰でも訪れる事が出来る祈りの場でもあります」
「私、ここに住むの?」
「ええ。その理由についても、中に入ってから説明致しますので」

 言われるまま、マリアの背を追う。彼女はゆったりとした足取りで扉を開き、先にクロエを通した。そして丁寧に扉を閉める。

 教会の内部構造そのものは基礎的な知識にあるそれと何ら変わりはなかった。
 ただし、その最奥。巨大な淡い光を放つ透明の鉱石に、その背後には豪奢な椅子が置かれているのが見えた。この建物で奉っているのは間違いなくこの無機物だ。配置的にも。

「クロエ、先程私は『女神の涙』について話をしましたね。その『涙』があの、輝く物体です。何で出来ているのかは不明。伝承によると女神様の涙そのものであるとも言われています」
「あれが……」
「はい」

 微笑んだマリアが頷く。
 その顔をぼんやりと見上げた、その瞬間だった。馬を置いて来た片桐が教会の中へと入ってきたのは。ニコニコと笑みを浮かべた彼はこちらへ早足に歩み寄って来ると早々に訊ねた。

「お話はどこまで進みましたか、マリア?」
「そんなに時間は経っていないでしょう。何の話もしていません」
「そうですか。貴方に任せていては日が暮れそうですね、私が引き継ぎましょう」

 え、と間の抜けた声を漏らしたマリアをそのままに片桐がずいっと距離を詰めて来る。

「先程、ちらっと『王位』についての話をしましたが、覚えていますか?」
「うん」
「ええ、ええ。それは良かった。そもそも『位』と言うのは女神から授かるもの。貴方も王位という位を女神から授かったのでしょう」

 ――それは知らない。
 全く記憶に無いのだが、そんな事はどうでも良いと言わんばかりにぐいぐいと片桐は言葉を続ける。こちらの境遇などは興味が無いのかもしれない。

「位持ちにはそれぞれ位に応じた役割があります。さっきも言いましたが、王位は主にこの『街』と呼ばれる場所の発展と維持の役割を持ちます。黒い雨から街を守る『ウォール』を拡大化させる役目を担うのも王位です」
「それは、さっきも聞いた気がする。つまり私はここで街を発展させるのが仕事という事?」
「呑込みが早くて助かります」
「それじゃあ、士位? や、聖位は何なの?」

 まず私ですが、と片桐が自らを優雅に指し示す。

「私は『士位』です。士位は主に戦闘能力に長けた位ですので、こう見えて私はとても力持ちなんですよ。身体能力はかなり強化されていると言えるでしょうね」
「何と戦うの?」
「そうですね、主に外を闊歩している魔物の駆除、でしょうか。尤も、近隣の動向や犯罪者でも出ればその限りではありませんが。戦うと言うより、王位を守護する役目を持っていますのでお間違いなきよう。他でもない貴方を護る事が私の仕事ですので」
「……そうなんだ」

 芝居がかった仕草がとても胡散臭い。
 マリアの誠実さと彼の胡散臭さ、何が違うのだろう。同じ聖職者であるはずなのに。

 思考に沈みかけた脳内にマリアの華やかな声が差し込まれる。

「私は聖位ですね。主に魔力に溢れ、不浄を清く正しく清潔に保つのが仕事です。怪我をしたり、感染症の防止――言うなれば衛生面の管理を任されている存在です」
「感染症……」
「それだけではありませんよ。黒い雨によって飲み水には大量の魔力が混ざっています。これを浄化するのも聖位の役目です」

 文字通り聖女という事か。彼女がいなければ、恐らくは飲み水の確保すら難しい事だろう。正直、士位より居てくれて助かる気がする。
 王位、士位に聖位――それぞれに役割があり、その役割に準じて動く。

「……私ももっと早くカタフィに来たかった」
「おや、どうされました、急に」
「完成した街の維持をする為だけに、私はここに居るみたい。一の時から一緒に貢献したかった」
「そうですか……。まあ、何事にもタイミングというものがあります。そう気にされる事では無いでしょう。お望みとあらば、いつまでだってこの街に居ればいいのです」
「片桐にそう言われると、何だか変」
「ええ?」

 違和感の正体が分からないので稚拙な言葉での表現となってしまった。案の定、片桐は困惑し眉根を寄せている。胡散臭さが剥がれているにあたり、あまりにも難解な表現だったのかもしれない。