1話 街の住人

03.地雷タップダンス


「気になりますか? あの建物が」

 街に入ると同時、馬から下りた片桐が訊ねる。街の中に入ったのだから、馬から下りた方が良いものと解釈したのでクロエもまた下りようと身を捩ったが、他でもない片桐その人に制された。

「いやいや、貴方、靴を履いていないでしょう。裸足で歩かせたりなんかしませんよ、怪我でもしたら事ですし」
「そう……」
「それで、どうなんです? 気になりますか? あれ」

 人差し指で建物を指し示した瞬間、マリアが非難がましい声を上げた。

「不敬ですよ、片桐!」
「話の腰を折って来ますね、聖女サマ」

 このままでは話が進まない。直感的にそう思い、こちらも話を折り返す勢いで片桐の二度にわたる問いに応じる。

「建物は気になる」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。あれは教会であり、貴方の住居でもあります。今から毎日見る事になるでしょうね」
「そう。建てるの、さぞや大変だっただろうね」
「それほどでも。私も聖職者の片割れ、こんなもの信仰心と根性でどうとでもなります」

 ――それはどうにもならず、根性論に走っただけでは?
 思いはしたが、折角建てたのだ。つまらない事など言うものではないと口を噤んだ。ただし、今し方思い浮かべた無礼な発言は片桐に伝わっていたらしい。含みのある笑みを手向けられてしまった。

 何となく一瞬の沈黙。恐らく彼等が目指しているのは例の教会なのだろうが、辿り着くまでにはそこそこ時間が掛かりそうだ。
 そう考えたのはマリアも同じだったらしい。これ幸いと教会の説明を始めた。かなり重要そうな話だったので、耳を傾ける。

「時間があるので、街の核である教会の説明を私が致しますね、クロエ様」
「その、様とか何とかは別に要らない。私はあなたに崇め奉って欲しい訳ではないし、私みたいな小娘に……そういう態度は取らなくて良いと思う」
「謙虚なのですね」
「いいえ。長い付き合いになるような気がするから、あなたとは友達でありたい」

 一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたマリアだったが、次の瞬間には花の咲いたような笑みを浮かべた。彼女の人となりなど知るはずもないのだが、実直さと誠実さの塊のような存在であると、そんな漠然とした予感が頭から離れない。
 現実に引き戻すように、美しくも躍動的な笑顔を浮かべたままのマリアは深く頷いた。

「それもそうですね、私とした事が貴方の心を理解していませんでした。私達は共に街を発展させる友人――そうありたいと望むのですね?」
「うーん、そう、かな。恐らく」
「大変失礼致しました。それでは、私もそのように」

 何だか若干違う気もしたが、片桐の横槍で逸れていた話題が強制的に正される。

「教会の説明をするのではなかったのですか? 美しい友情だろうが主従関係だろうが、何でもいいのですけれど」
「片桐……。私が言うのも何ですが、風情が足りないのでは?」
「役割を果たせと私は言っているのですよ、聖女サマ」

 ぎっ、と思いの外鋭い視線でマリアが片桐を睨み付ける。視線を受けた片桐は涼しげな顔で態とらしく首を傾げて見せた。
 仕切り直すかのように、マリアが咳払いする。不毛なやり取りは終結した。

「まず、あちらの教会ですがあれは『女神の涙』というウォール維持装置を保護する為の施設です。女神・アルカナディアから直々に授けられた贈り物で、そういう訳ですので教会を建ててその中に安置している状態です」
「……? よく分からない単語が多すぎて、あまりよく理解出来ない」

 女神・アルカナディアについては分かる。女神信仰の根強いこの世界で、唯一にして無二の神。人間に知恵と英知を授ける存在。彼女は偶像では無く実際に存在しているようで、必要とされる時、その場所に姿を見せるらしい。
 流石のマリアも女神に関しては理解していると思ったのか、その説明をバッサリと省いた。

「ウォール、と言うのは壁の範囲内を黒い雨から守る、謂わば結界のようなものです。その結界の核こそが『女神の涙』。あれが無ければ街は3日で壊滅する事でしょうね」
「分かった」
「はい。そして、『女神の涙』の力を増幅させる、或いはウォールの維持と強化を図るのがクロエ、貴方のような王位持ちという事になります」
「王位? ともかく、私は教会に居れば良いという事?」

 ええ、とそれに応じたのは片桐だった。常に笑みの形を描いていた金色の目と目が合う。それに何故だか背筋を滑る悪寒のようなものを覚えた。

「仰る通りです。貴方は教会にいるだけで良い」

 説明をしているようでやや強い口調。これは命令されているのと同義だ。
 目を白黒させていると、不穏な空気を感じ取ったのかマリアが割って入った。

「あ、クロエ。ちなみに私は聖位を、片桐は士位という位を授かっています」
「位? 名前的に、片桐も聖職者だと言っていたから聖位でなければおかしいのでは?」

 ――失言だった。そう思わせるに足るほど、ピタリとマリアの動きが止まった。彼女は感情が顔に出やすい。引き攣った顔のまま、隣を歩く片桐へと視線を手向ける。
 しかし、マリアの言動とは裏腹に彼はのんびりした調子で目を細めてクツクツと笑った。全く気を悪くしている様子では無い。

「ああいえ、位というのは1人につき1つ。私は既に士位を賜っていますから、聖位は不要ですよ」
「じゃあ、もう位というものを貰ったから、他の位は貰えないということ?」
「そうですね。仕方ありません。如何に優れた聖職者と言えど、適性が違う事もあります」

 マリアは非常に気にしていたようだったが、既に毒気の抜けたやや怪訝そうな顔をしている。地雷を踏み抜いたかに感じられたが、そうでも無かったような肩透かしでも食らったかのような顔だ。