1話 人を喰らう家

04.地図は回すな


 しかし、チンピラ3人衆もそこまで馬鹿じゃなかった。すぐに身の危険を悟り、適当な掲示板依頼を抜き取ってフードの魔物狩りに押し付ける勢いで手渡す。

「す、好きにすりゃ良いんじゃね? いや、殺す勢いで腕相撲やる奴とか初めてだわ、アンタ頭可笑しいよ」
「べっ、別にそんなつもりは無かったんだって! あんまりにもクソ雑魚ナメクジ過ぎて、うっかり吹き飛ばしちゃっただけなんだってば!」
「く、クソ雑魚……」

 これまた勢いよく依頼を抜き取ったフードがクエストを受理する為に歩み寄って来る。

「すいません、コレお願いします」
「あっ、え、はい」

 チェチーリアと会話していた受付嬢がおっかなびっくりそれを受け取り、碌な確認もせず判を押して渡す。外部者用の、青いゴム印だ。そこから更に、魔物討伐後の手順を説明しようとした受付嬢を、フードが制す。

「あ、よく受けるし知ってるんで。ちゃんと終わったら報告に来ます。じゃあ」

 そそっかしい所があるのか、まるで逃げるようにフードがギルドから出て行く。その際、ギルドの中へ入って来ようとしていた人物と衝突しかけた。

「何だったのよ……。って、あ! マスター! お帰りなさい!」

 フードと入れ替わりに入って来たのはギルドのマスター、クライブだった。相変わらずの強面っぷりに、クエストを依頼しに来た一般人が怯えているのが伺える。
 そのクライブはというと、何やら慌てているようだった。

「チェチーリア! 済まない、小森のクエストはまだあっただろうか!? 今、奇跡狩りから受注了承の意を受けた。この瞬間から、あのクエストはLv.7に指定される」
「えっ!? いや、誰も受けてなければ掲示板に――」

 すんません、とチンピラ3人衆の無傷2人が青い顔で手を挙げた。

「それ、多分今、あの子が持って行っちゃいました……」

 申告を聞くや否や、クライブが背後を振り返り、ギルドの戸を開け放つ。
 何という移動速度だろうか。フードの姿は忽然と消え、スツルツの街にはいつもの活気が渦巻くのみだった。

 ***

 スツルツの小森と言えば。まず遭難者が出ない程度の小さな小さな森で、地元の人間には良い食材が取れると大変親しまれている場所だ。
 出る魔物もLv.1〜2と低レベル。用心棒を連れてさえいれば、余程の事が無い限り事故も起こらない場所である。

 サディアスはいつもと変わらない小森の風景に、目を眇めた。木漏れ日が僅かに眩しいが、ぽかぽかと暖かくなってくるような感覚だ。

「小さい森で、ホント可愛いわよね。ここに赤い屋根の小さな家とか建てて住んでみたいわ」
「レア、お前はあれだな。存外、優雅さを求めるな」
「優雅さは大事よ。アンタみたいながさつな大男も、優雅でさえあればモテるわよ!」
「途端にどうでも良くなったな」

 小森を絶賛するレアの隣、頭の裏で手を組んでトコトコと歩いていた本日もう一人のメンバー、ギルはははっと陽気に笑う。ラフ・コリーがモチーフの獣人である彼は三角形の耳を揺らし、ふっかふかの尾を勢いよく振った。

「ぶっちゃけさ、こんなちっちゃい森なんて火ぃ着けたら一瞬で燃え尽きそうだよな!」
「アンタなんて事言うのよ! 台無しじゃない! というか、その物が燃えるか燃えないかで判断するの、止めて貰える!?」

 ――今日の面子は賑やかで良い。
 わいわいと勝手に横で話してくれる、今日のメンバー。どうしても口数が少ない自分を置いて勝手に盛り上がってくれるので本当に助かる。和気藹々とした空気が好ましいのだ。

「ちょっと、サディアス! 今日これ、人選がクソじゃない!?」
「……? そうか? 俺は賑やかで良いと思うが」
「この放火魔を、小森なんていう燃えやすい場所によく連れて行こうと思ったわね!」
「あー! レア、お前だってすぐ燃える燃えないって言うじゃんよー」
「シャラァァァップ!!」

 ――やはり賑やかで良い。
 サディアスは独りごちて、うんうんと頷いた。

「というかレア、まだ着かないのか?」
「うん? うーん、今は――」
「地図を回すな」

 信じ難い事に、持たせたマップをグルグルと回転させるレア。自信満々に地図は任せろと言っていたような気もするが、どうやら気のせいだったらしい。
 そんな彼女を見かねたのか、意地の悪い笑みを浮かべたギルが地図を攫う。

「俺は地図、読めるもんねー。んーっと、あ、いや、そういえば俺スツルツ地元だったな! 地図は要らねーわ!」
「ならば最初からお前が先頭に立って案内すれば良かったのでは?」
「そうとも言うな!」

 しかし、目的地の近場までは来ていたらしい。目的の建造物を発見する事が出来た。
 若干寂れてはいるが、中は整備すれば使えそうな古めかしい屋敷。

「赤い屋根だぞ、レア」
「そりゃそうだけどさ……。これはちょっと、古いわね。新しい家が良いのよ、あたしは」
「そうか。これは、元からこの場所にあったものだと思っていいのだろうか」
「そうねえ、昨日今日で建ったにしては薄汚れてるわね」

 なあ、とギルが楽しそうな笑みを浮かべて屋敷を指さす。

「中、入ってみようぜ!」
「サディアス、ここは魔物が湧きそうなポイントだわ。きっと中に、強い魔物が棲み着いているんじゃないかしら?」
「それが妥当だな」

 なあなあ、としつこくギルが話し掛けて来る。そろそろ中へ突入しなければならないのだが、何となく彼の言う通りに事を運ぶのは癪だ。何故だろう。いつも一緒に戦っている仲間なのに。この感情に誰か名前を付けて欲しいものだ。