1話 人を喰らう家

03.勝敗の行方


 話は変わるが、ギルドに所属していない者がクエストを受けた場合、それなりに高額の手数料が発生する。これは、簡単なクエストを外部の者に受けさせない為の措置だ。どのくらいの手数料が掛かるかというと、上級クエストのおよそ半額。
 つまり、初心者向け、誰にでも出来るクエストを外部の者がこなしても赤字になってしまうという訳だ。今更ながら意味不明なシステムである。恐らくは、ギルドに人が減るのを危惧してだろうが。

 そんな訳で、あのフードが受けるクエストは漏れなく高額のクエストであるはずだ。そうでなければクエストを受ける意味がない。

「それにしても、あのフードさん。もっと大柄で、熊みたいな男の人だって聞いてたんですけどね〜」
「噂には尾びれ背びれが着くものよ、鵜呑みにするのは感心しないわね。あんた、しっかりしなきゃ駄目よ!」
「わーい、チェチーリアさんに怒られた!」

 それにしても、あのミステリアスさを若干とは言え醸し出しているフードを、熊のような体躯の男が被っている――と想像すると何だか和んだ。可愛い。童話などに出て来る、可愛い方の熊が出て来てしまう。

 ともあれ、案の定フードの魔物狩りは魔物Lv.6専用掲示板へと真っ直ぐ足を運んだ。迷いのない足取りと、視線を受けても微塵も気にしていないような態度。小柄だが気は大きいのかもしれない。
 何の気なしにその光景を見ていると、フードの周囲に3人組の団体が迫って行った。

「おいおい、何勝手にクエスト物色してんだよ」

 これは――今流行のウザ絡みというやつか。ギルドの品格を落とすので早急に事を諫めようと腰を浮かせる。あれでも同じギルドのメンバー。彼等の事は多少なりとも知っている。よくいる雑魚処理担当のチンピラレベルのメンバーだ。
 このまま変な騒ぎに発展してしまえば、マスターに顔向け出来ない。留守を任されている以上、ギルドのいざこざは自分が解決しなければ。

「はぁ? 勝手にって、あんた等がいつまでもここにクエスト放置してるから消化してやってるんじゃん。自分の無能さを棚に上げて、他人に絡むのダサいよ」

 ヒエッ、と受付嬢が悲鳴を上げた。声が完全に女性だった事に、誰も触れないくらいには棘のある言葉。一瞬耳を疑ったのは、フードに絡んで行ったチンピラ達も同じだったようだ。
 しかし、一拍を置いて馬鹿にされたと気付いたのか、すぐに元の調子を取り戻した。

「ちぇ、チェチーリアさーん、止めた方が良いんじゃ……!」
「分かってる。だけど――」

 これは手を出さない、というか出せないかもしれない。大人数相手に一切怯まない彼女の態度と曲がり形にもLv.6という常人ではまず太刀打ち出来ない魔物を相手にするクエストを受けようという姿勢。
 チンピラ3人組を止めるだけなら訳無い。が、あのフードが本気で暴れ出した場合、自分が怪我をしかねないのだ。現場監督の自分が怪我をしていてはマスターに合わせる顔が無いというもの。

 迷っている間にも事態は転がるような勢いで進行していく。

「ああッ!? やんのかコラァ!」
「上等だうらぁ! ブン殴って……いや、腕相撲くらいで相手してやんよ! 3人まとめて掛かってこーい!!」
「良い度胸だぜ! 腕相撲!? 地元で腕相撲のケビンくんと言われた俺の力、見せつけてやんよ!!」

 ――あっ、これ何か平和的に解決するんじゃないかしら?
 バイオレンスな決闘をおっぱじめるかと思いきや、腕相撲で決着を付けるようだ。平和的で良いのかもしれないが、彼等の知能指数が心配で堪らない。

 悶々としているうちに、丁寧に頼んでテーブルの一つを譲渡して貰った上、審判までお願いして本格的に腕相撲を始めようとしているギルメンとフリーの魔物狩り。彼等は一体どこに向かっているのだろうか。
 適当に見繕った審判の元、戦いの火蓋が斬って落とされ――そして、瞬きの刹那には終了した。

 机が破壊される不吉な音、それだけでは飽きたらず床までミシリと嫌な音を立てて板が1枚真っ二つに割れた。衝撃で舞い上がったハウスダウトが視界を歪める。
 最早、ギルド内部は静まり返っていた。
 腕相撲のケビンくん、まさか本当に事腕相撲においては無敗の伝説を誇っていたと言うのか――

「どうよ! これでこのクエストは私のもの!」

 勝ち誇ったような声を上げたのは魔物狩りの方だった。無邪気に勝利を喜んではいるが、勝敗の行方には興味が無さそうだ。勝って当然とでも言わんばかりの態度。
 今何が起きたというのか。ギルドのメンバーが状況把握に頭を回転させているその、無言の時間を「今の勝負は無効だ」、とでも言われたように感じたのか、彼女の視線は残りの2人へと向けられた。

「何? 不正だって言いたいの? 良いよ、何戦でもやってあげる! 私が勝った事を認めるまでね!」
「え? え、いや、俺等は……遠慮しとくわ」
「つか、そもそも別にクエストの受理権は別に賭けてなくね……?」

 ひそひそと話し合う彼等を前に、チェチーリアは茫然と破壊されたテーブル、床を見つめた。これはマスターの胃が痛くなる事案発生だ。