第1話

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「おい、ちょっとアンタ、退いててくれねぇか。車が進められねぇ」

 気怠げに掛けたジェラルドの声。男はニヤニヤと嗤っている。ああこれ、やっぱり危険人物のような気しかしない。
 男が首を傾げた。疑問に思っている風ではなく、挑発するような体で。

「それ、オレに言ってるの?」

 発した言葉は一言。
 けれど、言い知れぬ怖気を覚えたのは確かだ。形容するのであれば『ちぐはぐ』。40代の男性である事は視覚情報からしてまず間違い無いのに、その一言はまるで子供の邪気のようなそれを帯びていた。

「・・・あ?ああいや、車が進めらんねぇからちっと退いてくれつってんだけど」

 ジェラルドも違和感に気付いたのか、一瞬だけ険しい顔をした彼はしかし、まるで子供と相対するような口調でそう言った。言った後で自分の態度に気付いたのか訝しげな顔をしていたが。
 互いの立ち位置が変わらないままに沈黙が続く。
 最初にアクションを起こしたのは、遠目に見守っている一人だったはずのルシアだった。少しだけ気味の悪いものを見る様な目をした彼女はそっと音も無く車から降りる。
 それに釣られてブレットもまた運転席を後にした。

「どうしたの、ルシアさん?」
「いえ、何だか凄く嫌な予感と言いますか、これ以上はあの人に関わりたく無いような――何て言うんでしょうね、こういうの。勘?第六感的な?」
「何その要領を得ない説明・・・先輩、呼び戻そうかな。何か揉めてるように見えるし・・・道を変えようか。かなり遠回りになるけれど」
「私もその方が良いと思います」

 どうせ運転するのは自分なのだからドライブコースに文句言ったりしないだろう。
 自分が被る事になる被害を頭に浮かべながら、いまだ男と何か話をしているジェラルドの背に声を掛ける。ロスタイム、要らない時間を過ごした。

「ジェラルド先輩。もういいから、道を変えましょう――」
「うおっ!?」

 ジェラルドが振り返ったその瞬間だった。男がまったく唐突にジェラルドへ掴み掛かる。それは待ったをする、という力ではなく地面に引き摺り倒すような獰猛さを伴っていた。

「先輩!?ちょ、手伝いましょうか!?」

 なかなか掴み掛かってきた男を振り解けないでいる。男の耳にはピアスに加工された《ギフト》が燦然と輝いていた。
 輝いている――と、いうことは何らかの能力が発動している証し。
 無難に物理Tだろうが、ジェラルドの《ギフト》は力業に対して確か無力だったはずなので、早く助けに入った方が良いだろう。
 あまり気は進まないが、腰のホルスターからタガーを抜き取る。一般人みたいだし、刃物を見せて脅せば先輩を解放するだろう、そう思った故の行動だった。