第1話

4-8


「ちょっとちょっと、暴力は良く無いですって!」

 ――違和感。
 その正体を考えなければならないと頭の隅ではそう思ったが、それより先にジェラルドがとうとう臨界を突破したのか、いい加減にしろと叫んだ。同時、男を牽制しながら右手に術式を起動させる。
 ――ああ、駄目だ。かなりキてる。
 あまり短気ではないはずの先輩が、今回はすでに相当頭に来ているのが見て取れて、慌てて仲裁に入る。さすがに一般人相手に魔術を使用するなんて非常識が過ぎる。

「せ、先輩、落ち着きましょう!」
「うるせぇ!この野郎、脳髄ブチまけてやる!!」
「こっわ!ただでさえ堅気とは言い難いんですから、僕達!自重しましょう、自重!!」

 最早男を止めているのかジェラルドを抑え込んでいるのか不明になってきた。魔術一徹のジェラルドとはいえ、単純な力比べなら彼の方に軍配が上がる。体格差があるからだ。そして、この一般人の男も体格は良い方で、詰まるところブレットの力では双方を押さえ込む事は到底不可能だった。
 ちら、と助けて欲しいという意味を込めてルシアの様子を伺うが、彼女は片手に銃を持ったまま微動だにしない。そうだ、遠距離専門っぽい彼女がこの危険すぎる惨状に近付くはずがなかった。

「先輩!ちょっと、止めましょうって!」
「この――」

 瞬間、ジェラルドが術式を起動している手とは反対の手を男に向かって伸ばした。水平に振り抜かれた手の平の先、爪が男の顔に傷を付ける。
 キィィィイィィ、というガラスとガラスを擦り合わせたかのような音。
 我に返ったブレットはハッとしてジェラルドの右手を見やった。起動しかけていた術式が完成している。

「うわっ、せんぱ――」

 乾いた破裂音。3発。
 ぎょっとして動きを止める。それはジェラルドも、男も同じだった。その場に居た全員の動きが止まる。

「ブレット先輩!今のうちに!!」
「あ、うん、了解!」

 ルシアの声に背を押され、状況が掴めずにいたジェラルドの腕を引っ張って男から引き剥がす。ようやっと、4区に静寂が帰って来た。
 空砲のように空へ向けて放たれた弾丸はどこへ行ったのだろう。ルシアの様子を伺えば、彼女はいつものように、胸に手を当てていた。《ギフト》を発動させた事は明白で、ならば流れ弾が誰かに当たる可能性も無い――のかもしれない。

「もう、ジェラルド先輩!何でいきなりあんな聞き分けの無い事したんですか!相手、一般人ですよ!」
「あ、ああ・・・悪ィ。何かやんなきゃいけねぇような気がして」
「何ですかそれ」

 我に返ったのか、ジェラルド本人も少しだけ疑問そうな顔をしている。
 ともあれ、今のうちにここから離れよう。あの男の相手をしているだけ、時間の無駄だ。