第1話

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 召喚術事件が終了した翌日。
 朝9時頃に出勤してきたブレット=クォーツはオフィスのソファに寝転ぶ男を発見して足を止めた。彼の顔を見るのは実に1週間ぶりだ。

「――ルドルフさん。起きてください。出社して早々、昼寝なんかしちゃ駄目ですって」
「・・・・」
「ちょっと。署長が来る前に起こさないと、署長困っちゃうでしょ!」
「あー!うるせぇな!これ昼寝じゃねーし!まだ朝だから普通に寝てるだけだし!!」

 これは途中で目を醒ましていたな、そう確信するくらい身軽に男――ルドルフは起き上がった。高い身長だ。見上げる程背の高いジェラルドよりもう一つ高いだろうか。更には無駄な筋肉が付いていないながらも体格の良い体付き。思わず怯んでしまう程だが、セドリックには及ばないだろうか。
 不思議な光沢を帯びた短髪は禄に手入れされていないのがありありと分かる。ボサボサだからだ。こいつ、貰った給料でちゃんと風呂入れよホント。

「おめぇよぉ、よくもまあ寝起きの悪い俺にノコノコ近付いて来るよな。今日はもうぶっちゃけ目ぇ醒めてたけどさ、人間なんて弱っちい生き物なんだから、俺には1メートル離れた所から声掛けろよな」
「騙されませんよ、ルドルフさん。そんな所からあなたに声掛けたって、起きないでしょ。というか僕の話、聞かないでしょ」
「チッ」

 ――彼、ルドルフは人間ではない。といっても、ミータルナは人里ではないので何ら珍しい事では無いのだが。
 ルドルフはウェアウルフ、と呼ばれる脳筋種族であり、簡単に言うと人狼だとか狼人間だとかの類だ。ちなみに、彼等の腕力は人間のそれを上回るどころか数倍は強いので下手すると握手しただけで指の骨が全て折れる。人間とはかくも儚い生き物だ。

「いくら転た寝していたとはいえ、ルドルフさんが朝一でここにいるのは珍しいですね。カミラさんがあなたはとっくに死んだものだと言っていましたけど」
「死んでねーよ。しかも別にここへ来たくて来たわけじゃねぇしぃ・・・本当は家で寝てたかったけど、セドリックさんから電話掛かって来たから断れなかったんだよ・・・」
「何でセドリックさんからお願いされたら断れないんです?」
「あいつは断ると本気で落ち込むから申し訳無い気分になってくる」
「あなたに良心なんて言葉、あったんですね」

 こいつは冷蔵庫のケーキを独り占めした張本人だし、公費でたこ焼き器買って来た馬鹿もこいつだ。脳味噌まで筋肉で出来ているからか、何故か社会の理を無視する為、度々チェックをしなければならず維持コストが高すぎる。暴れさせれば右に出る者はいないのだが。

「おいコラ。今てめぇシツレーな事考えてただろ!」

 ダァン、と力任せに叩かれた机が床で跳ね返って僅かに浮いたその瞬間だった。唐突に執務室のドアが開け放たれる。悠然とした態度で入室したのは我等が署長、セドリックだった。朝からすでに険しい顔をしている。

「おはよう。・・・ルドルフは随分と久しぶりだな」
「・・・あー、おはよーございます」
「おはようございます、セドリックさん」

 厚手のコートをハンガーに掛けたセドリックが自分の机へとのそのそ歩いて行く。それを見ていたルドルフが控え目な声を上げた。先程までの勢いはどうしたと言うのか。
 にやにや、そんな視線を送っていると射貫かんばかりの目で射貫かれた。おお、恐い恐い。

「あのー、俺が朝一で呼ばれた理由は何すか・・・?」
「いや。今日は1日、カミラが偵察任務でいない。よって、支部に腕が立つ者を一人でも置いておきたかっただけだ」
「え。じゃあ俺の仕事、別にあるわけじゃないんすよね。帰っていいっすか?」
「君は話を聞いていたのか」