第1話

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 瓦礫を退かし、ジェラルドが術式を検める。魔術とは縁のないブレットでも、それが精巧に計算して創られた一種の芸術品である出来だと分かるような、大きく美しい幾何学模様。

「んー・・・見た事ねぇ術式だな。これ、何系の神様喚びたかったんだ?謎いわー・・・」
「真面目にやってくださいよ、先輩。報告書を書くのは僕の役目なんですよ!」

 術式をぼんやり見下ろしていたルシアが小さな声で訊ねてきた。この反応からして、彼女もまた魔術関係とは縁遠い存在なのだろう。

「いつもこんな感じなんですか?」
「いや。いつもはもっと・・・せめてどんな被害が出る、地水火風のどの神霊なのか、とかまで分かるんだけど。調子が悪いのか疲れてるのか、それとも未知の術式なのか・・・どうなんだろうね」

 分からん、とジェラルドが本当に――彼の名誉の為言うが――本当に珍しい事に、お手上げを示した。

「未知の術式ってか、知らない文字が多すぎるな。これ、発動させるのに3日どころか1週間でも無理かもしれねぇわ。つか、俺ならこんな冒険に満ち溢れた術式は書かない。あー、もしかしてこいつ等もこの術式で何が喚び出されるのか知らないクチか?」
「えー、一級封印指定地になったりします?別書類書きたくないんですけど」
「そこまではねぇよ。造りは精巧なのに書いてるのはチョークだ。何で変なところで雑なんだよ、消されないように地面削るとかあったろ・・・」
「そんな面倒臭い事出来るの、たぶん先輩だけですよ・・・」

 プライドが赦さないのか、或いはただの知的探求心か。消えかけているチョークの跡をなぞったジェラルドは残念そうに溜息を吐いた。やはり、ここが限界らしい。

「発動した場合の被害規模は・・・数千、いや数万人くらい逝っちゃってるだろうな。セドリックにはそう報告しろよ、ブレット」
「数が大きすぎて上手く脳内処理出来ませんね」
「まだ分からなくていいぜ、ルシア。そのうちうっすらヤバイ事件の匂いも分かるようになる」

 ぽんぽん、とルシアの肩を叩いた先輩は名残惜しそうにもう一度だけ例の術式を視界に納めた。

「・・・あ」
「どうしました、先輩」
「あー・・・やっべ、これ、まずったかも・・・」
「だから、どうしたんです?」

 ついっ、とジェラルドが術式を指さした。だから、術式解読出来ないんだって。苛立ってそれを眺めていると、その中の何個かの文字がふわり、と浮き上がった。言うまでも無くブレットの隣に立っている天才術師様の仕業だ。
 浮き上がった文字はそのまま反転し、回転し、そうして1つの単語になる。
 ――『4番目』。
 それがそう読むと確証が持てるわけではない。けれど、魔術と聞き、さらに数字を思わせるアルファベットの羅列。更に妙に遊び心が伺える文字の使い方からして、きっと『そう』なのだろう。

「えーっと、何か起きましたか?」

 ルシアだけが首を傾げ、目を白黒させているが、彼女は知らない方が良いだろう。春にはもう一度異動届けが出せる期間が巡ってくる。それまでは、なけなしの平穏を彼女に与えて然るべきだ。

「・・・帰りますか、支部へ」

 盛大な溜息を吐いた天才術師が疲れたように頷いたのを皮切りに、ようやく冷凍庫から脱出した。