第1話

2-8


 ――大規模術式。
 それを数分で展開し終えるジェラルドの技術には脱帽する。脱帽しはするが、ここが狭い室内だと分かってやっているのだろうか。部屋が味方ごと爆散!驚くほど笑えない。
 そうこうしているうちに、ジェラルドが手の平を軸に展開させた術式を床に設置した。
 設置される事で効力を表す魔術だったのだろう。床に着地した瞬間、ブレットには読む事すら出来ない文字の羅列が輝き出す。その後はほとんど一瞬だった。目を開けていられない程の光を感じ、反射的に目を閉じた瞬間、真実世界は凍り付いた。
 部屋の外、冬の冷気など比では無い。冷凍庫に直接投げ込まれたような寒さに、歯がガチガチと音を立てた。

「ちょ・・・っと!何やってるんですか、先輩!さっむ!冷凍庫かよ!!」
「あー、ヤベ。回収の手間忘れてたぜ」
「は?」

 ようやく事態を呑み込んだ。目の前には立ったまま氷付けにされた術師が3人。そして、ルシアの凶弾――否、狂弾に倒れた術師が倒れたままの姿勢で氷付けに。確かにこれでは支部まで運ぶ事が出来ない。かといって無理矢理連れて行こうとすれば氷付けにされている人体が確実に砕ける。
 改めて周囲を見回してみた。絶えず白い息が吐き出される程に冷え切った室内は床から壁まで全てが氷付け。氷の部屋。非常に美しい光景である。目の前に明らかに人間を冷凍したような氷像さえ無ければ。

「取り敢えず、僕はセドリックさんに連絡しますね。あーあ、何て報告すればいいんだろ・・・全部先輩のせいにしていいですか?」
「良いけどよ、連帯責任派だぜ。セドリックの奴」
「くたばれ先輩」
「素直でよろしいが、お前も氷付けになりたいのか?」

 あーあー、と奇声を上げたジェラルドがぐったりと天井を仰ぐ。彼は寒くないらしい。

「何か事がトントン拍子に進み過ぎて逆に疲れたぜ・・・。ところでルシアよぉ、お前、《ギフト》の能力何なわけ?」
「脈絡の無い話ですね」
「いいや、あるね。お前が《ギフト》使ったあたりから事態が急展開迎えたじゃねぇか」

 セドリックに報告、事の次第を告げると諜報班に車を持たせてどうにか輸送させるそうだ。諜報の皆さん、本当にすいません。
 そんな謝罪の気持ちもすぐに薄れる事になる。何やら先輩と新入りが面白い話をしているからだ。
 肩を竦めたルシアはジェラルドの問いにこう答えた。

「私の《ギフト》は《幸運》なんです。ご都合主義の権化ってやつですね」
「・・・あー。成る程ね。それってどういう範囲指定なわけ?お前がこうなって欲しいなー、って事だけが叶えられるって事か?」
「まあ、はい。そうですね。けどそれって案外難しい事だと思いませんか?」
「そうだな。『こうなって欲しい事』と『内に秘めている願望』は違うもんな。人間は本音と建前を使い分ける生き物だし、正直、怠そうな能力だわ。けどま、《ギフト》である以上、発動は任意だろ。そこだけはまだマシだったな」

 ――《幸運》。ルシア=スタンレイにとっての。
 人間は思考する生き物だ。時には考え過ぎ、時には考えが足りない。《ギフト》はどれも恒常的に発動する能力ではないので、それはそれで面倒臭い事になりそうだ。いっそ、ずっと発動していれば。《幸運》によって巻き起こされた暴風の中を《幸運》で乗り切る事も可能だろうに。
 ジェラルドとは正反対の結論を打ち出したところで、ブレットはようやく待っている2人に声を掛けた。その際、すでに通話を終了したスマートフォンを耳から離し、ポケットにねじ込む。さて、そろそろ召喚術式の解析に移らなければ。