第1話

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「書類が片付いた」

 ふと、セドリックがそう呟いた。言外に今からお前達に仕事の話をする、と言われてブレットは居住まいを正す。そう、何も暇だから執務室にいたわけではない。署長に呼び出されたからここにいるのだ。それはジェラルドも同じだろう。
 国際警察官。それが自分達の役職の正式名称だ。こんな大層な名前を持ってはいるが、やる事と言えば異種族間の喧嘩を仲裁する、犯罪者を捕まえるなど割と普通の仕事である。
 ――それは、ミータルナ以外の街での話だが。

「さーて、仕事の時間か。で?今日は何をすんだよ。吸血鬼とウェアウルフの抗争が起きるとか、どっかの間抜けが召喚の儀式やってるとか、殺人事件の処理とかか?」
「いいや。・・・張り切っているところ悪いが、そういう類の仕事ではなく、その、どちらかと言うとおつかいのようなものだ。すまない」
「えっ、本当ですか、セドリックさん!やった、安全な仕事だ・・・!」

 ふーん、と相槌を打つジェラルドはその実、どんな仕事でも良かった事が伺える。対照的にブレットは唐突な緩い仕事に大はしゃぎして喜びを示した。この場には人間組しかいないが、その中でも特に人間を辞めかけているのがセドリックとジェラルドの2人。この人達、平気で一般人くらいの強度しかない自分に無茶な仕事を振ってくるので毎日命の危険に肝を冷やしているのだ。
 しかし、今日はおつかい。まさかおつかいで突然の死に見舞われる事は無いだろう。いや、こういう浮かれている時に限って急に危険に巻き込まれたりするものだが。

「で?おつかいって何の?本部からお偉いさんでも来るって話あったか?」
「お前達には新入りを迎えに行って貰いたい。さすがに初日で死なれては可哀相だ・・・」
「支部まで一人で来れないような奴が、一月生きられるとは思わねぇけど、まあお前がそう言うなら迎えに行くぜ。・・・いや待てよ、この時期に新入り?」

 訳ありか、とケラケラ笑うジェラルドを尻目に、セドリックが机の引き出しから数枚の書類を取り出す。ブレット自身も数年前に書かされた、量の多すぎる履歴書だ。4ページある履歴書とか何それ。

「ジェラルド先輩。別に、厳密に言えば冬にやって来る新入りは変じゃないです」
「あ?そーなの?人事異動って普通、春じゃね?」

 ――あっ、何故か署長まで聴く姿勢取ってる・・・!
 そういえば、ミータルナへ異動してきてからと言うもの、異動の願書を貰った記憶が無い。ああ、そういう事なのか。

「えーっとですね、ミータルナ以外の地域では基本的に春と冬に異動出来る仕組みになってるんです。ま、こんなご時世ですからね。故郷の両親が危篤状態だとか、その他諸々の事情で変な時期に異動しなきゃいけない人もいますから、そういう配慮らしいです。ああでも、春には強制異動が行えますが、冬は基本的に自主的な異動ですね」
「ほーん、配慮ねぇ・・・。ところで俺、ここにもう何年も務めてるけど異動届貰った事ないわ」
「ミータルナの人間に基本的人権はありません・・・!」
「サイテー」

 がたっ、勢いよくセドリックが立ち上がった。その額には汗の珠が浮いている。えっ、何だどうした。何かあったのか。
 思わず身構えると深刻な顔をした署長は深々と椅子に座り直し、鋭い眼光を放ちながら厳かに口を開いた。

「ジェラルド・・・君は、異動届が欲しかったのか・・・!気付いてやれなくてすまない・・・!!」
「い、いやいやいや!要らないって、今更!ただ、貰った事ないなぁってだけの話だから!何でそう深刻に受け取るわけ、アンタ!?」

 ――さて、仕切り直し。
 それで季節外れの新入りの件は一体どうなったと言うんだ。誰も突っ込まなかったけど、つまりその新入りは自分から好きこのんでこのミータルナ支部へ異動してきたって事になるんだが。