第1話

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 2115年、冬。
 外では明け方から降り出した雪がしんしんと街に降り積もっている。とはいえ、朝は通勤ラッシュ。地面にまではらりと落ちた雪は積もること無く街を行き交う人々に踏まれ、散らされ溶けていく。
 そんな様子を想像しながらビルの17階、いつもの執務室にてブレットは日めくりカレンダーを3日分くらい破り捨てていた。物臭というか、忙しいからというか、こうやって室内が3日も4日も代わり映えなくそのままにされている事は珍しくない。それを1年前時点で知っていたので、比較的外へ駆り出される事が少ないブレットはよくこうやって支部の時間を進める重要な役割を誰に言われるでもなく淡々と続けている。そも、日めくりカレンダーなどという面倒臭い物をどうして使っているのか。デジタルにすればこちらが何もせずとも勝手に日付を進めてくれると言うのに。

「2115年――そういえば、17年には世界が滅ぶ、なんていうあるある予言ありますよね」
「いつもすまないな、ついカレンダーを捲るのを忘れてしまう」

 世間話ではなく、ようやっとカレンダーの日付が3日前で止まっている事に気付き、申し訳無さそうな口調で謝られた。
 ちら、と署長が使う机に鎮座する男を見やる。
 彼の名前はセドリック=ライト。この支部の責任者にして、当然ブレットの上司である。彼には自分が新入り時代多大な迷惑と世話を掛けたが、それ以上に色々あったので思い入れ深い人間だ。

「予言?お前、そんな子供みたいな事信じてんのか?というか、この街にいて予言がどうのってそんな話事態がおかしいよな」
「そりゃおかしいですけど・・・そんな笑う程の面白さは無いですね、はい」
「ノリの悪い奴」

 肩を震わせて笑っているのはジェラルド=オールドリッチ。ブレットの先輩に当たる人物であり、有能な魔術師でもある。と言っても、格好はその辺にいるガラの悪そうなチンピラにしか見えないが。右耳に上品な意匠のあしらわれた《ギフト》を着けているが、それだけがミスマッチで変に不安を掻き立てられる。
 まあ――あ、コイツはチンピラじゃなくてマフィア関係者かもしれない!くらいの不安だが。

「ミータルナは今年も雪が積もりますかね」
「ああ、積もる。君も早めに雪支度をしておいた方が良いぞ」
「了解でーす」

 始点にして終点。ガラクタシティにして宝箱。それがミータルナと呼ばれるこの街の特徴だ。都心に住めない罪状を持つ者、迫害の憂き目に遭った者、巨大組織に関わって逃げて来た者――とにかく脛に傷のある人間や、それ以外の存在が集まる街。
 勿論、立地以外にも理由がある。陽と陰、和洋折衷、魔妖、世界に溢れる色んな力が一点に集中する地脈が密集しているらしい。らしい、と言うのは魔術師であるジェラルドやカミラがそう言っているだけなので、一般人枠に入れられるブレットには何の話だかさっぱり分からないからなのだが。
 誰にとっても住みやすく、逆説誰にとっても住みにくい街。混沌としており、まさに闇鍋状態。いきなり爆発しても何らおかしくは無い上犯罪組織の温床となっている。例えるなら同じテーブルの上に全世界の料理を不規則に並べ、更にデザートや果物、飲み物までを一緒くた、乗らない物を上に重ね、際どく積み上げているような歪な場所。
 ――が、住んでみた者曰く「懐かしい気分にもなる」そうだ。まったくもって意味が分からない。