6話 アルケミストの恋愛事情

08.努力する天才


 唐突な意図を計りかねる言葉にメイヴィスが狼狽していると、オーウェンは更に言葉を重ねる。日々の鬱憤が溜まりに溜まって爆発した人のそれにそっくりだった。

「お前は本当によく出来た弟子だったよ。俺は決して人にものを教えるのが得意な人間じゃないが、それでも教えた事を次から次に吸収していった」
「……それは師匠の教えの賜では?」
「いいや。錬金術師は手先の感覚が大事な職業。レシピ通りに錬金するのであれば、その辺のゴミ錬金術師と何ら変わらなかった。でもメヴィ、お前はそうじゃなかったんだ。1教えれば10を理解する事が出来た」
「買いかぶりすぎです」
「最初は俺だって要領の良い子供だと思ってたさ。だけどお前は錬金術以外の事はてんで駄目だった。錬金術だけに特化した才能を持ってたんだろうな」
「そ、そういう言い方は止めてください。それじゃあまるで、私が才能だけでアルケミストになったみたいじゃないですか! 私だって最初から何でも錬金出来た訳じゃないのに」

 錬金術は好きだ。それは弟子入りする前から興味のある学問であり、オーウェンに弟子入りした後は天職だと確信した。
 だが別に師匠が言うところの『才能』などという目に見えないモノにあぐらを掻いた覚えはない。腕の感覚が無くなるくらいの練習と、脳の皺が無くなるくらいのレシピ暗記。端から見てどうだかは分からないが、血の滲むような努力を重ねたと自負している。
 それを才能の一言で括られるのは腹が立った。師匠のようなアルケミストになるべく研鑽を重ねた日々をすぐ傍で見ていたのは、他でもない彼自身のはずなのに。

 メイヴィスの主張に対し、オーウェンは真意の読めない薄い笑みを浮かべる。溌剌とした彼らしくない表情だ。

「知ってるさ。お前が誰よりも努力をした事は俺がよくよく理解している。お前がしたように俺だって似たような努力を重ねてきたからな」
「だったら……」
「でも効率が違うんだよなあ。俺が1年掛けて完成させたレシピも、お前が改良版を3日で作り上げる。俺でも見たことが無いような新発想のマジック・アイテムを遊び半分で作る――とどのつまり、努力しても凡人は努力する天才にはどう足掻いたって勝てない訳だ」
「……それは」
「だから神魔物に手を出した。結局な、お前と同じ研究や同じ題材を使っても俺はお前の劣化版でしかない。ならメヴィ、お前の知らない事を先に俺が知ろう。悪名であれ何であれ、新しい生命なんて創り出せた日にはスクールの子供が読む教科書に載れそうだろ?」

 言葉を失う。
 師匠と過ごした3年間は一体何だったのだろうか。実りのある日々だと思っていたが、オーウェンにとってはそうではなかったらしい。

 彼の言葉は何一つ理解出来ない。同じアルケミストに相対した時、自分より高名な存在なのかはあまり気にしたことがなかったからだ。秘伝、他言無用のレシピ以外は基本的に同業者とシェアしていいという考えだったし、自分の作ったアイテムが余所で改良されていれば新しくそれを取り入れる事に抵抗はまるでなかった。
 それで衰退しているアルケミスト業が潤い、活気を取り戻してくれればそれで良かったのだ。まさか同業者でそんな確執が存在するとは露にも思わなかった。

 しかし、世の中そういった確執はあるものだ。ギルドも平和と見せ掛けて水面下ではそういった妬みそねみの小競り合いはあったし、何ら不思議な事ではない。
 が、今回のこれは別の話だ。今の発言は赤の他人である同業者からではなく他でもない師匠から出た話。納得出来るはずもなく、メイヴィスは口を開いた。

「師匠がどう思っていたのかは分かりました。ただ、その話を弟子にするのは実際、どうなんですか? そもそも私に錬金術の基本を叩き込んだのは師匠じゃないですか。天才だってその天才性を発揮する為には基礎という地盤が必要不可欠です。それを貴方が教えたし、私はそれを理解する為に血ヘドを吐くような努力だってしました。
 なのに天才だとか才能だとかの言葉で片付けられるのは心外です。
 それに師匠、私にコゼットを出て行くよう忠告しに来ましたよね? 放っておけば巻き込み事故で目障りな私が消えたかもしれないのに、それは何だったんです?」

 数回足を運んでまで、神魔物の被害を伝えに来たのは記憶に新しい。今思えば何が起こっているのか理解し、本当に危険だったから忠告しに来たのだと分かる。だが、この場でした話を聞いてしまえばあの忠告も何だったのかさっぱり分からない。

 指摘を受けたオーウェンは痛いところを突かれたのか、一瞬だけ眉根を寄せて不快感を露わにした。

「いやまあ確かに、巻き込まれてしまえばいいとも思ったさ。お前は神魔物と出会った時に対抗する術を持たないから鉢合わせれば命の保証は出来ない事も分かった上でな。だが同時に3年一緒に暮らした弟子だというのもまた消せない事実ではある。だから忠告はしたんだ」
「……やっぱり多少は私に消えて欲しいとは思ってたんですね?」
「そうだな。人の心はままならないもんだ」

 はは、と師匠は自嘲めいた笑みを浮かべている。困った事が起こった時の癖のようなものだ。