07.研究題材
だがしかし、この場においてゴリゴリの戦闘員はアロイスのみ。緊張感を放つ騎士サマを尻目に、アルケミスト2人は着席したままだった。というか、同じ錬金術師のメイヴィスには分かる。
警戒された、した所で相手がどう動くのか。或いはどう動けば奇襲になるのか分からない。悲しい非戦闘員の宿命だった。
最大限の注意を払いつつも、師に訊ねる。まだ訊きたい事は山ほどあるのだ。
「――師匠。私もアルケミストの端くれ、深すぎる探究心には理解があります。だけど、何故、神魔物だったんですか? 知ったような事を言いますが、あなたの研究に神魔物が必要だったとは思えません」
神魔物は生命として完結している存在だ。これを更に強く、逞しい生物に改造する必要性は無い。行き止まり。探求した所で、これはそういうモノなのだという結論しかない。
そしてそれは物を等価交換し、新しい別の何かに変える錬金術師にとってみれば分野が違う。だってもう、これ以上どうしようもないのだから。
弟子の浅慮を笑っているのか、それとも自嘲だったのか。ふと静かな笑みを浮かべたオーウェンが緩く首を横に振る。
「お前は神魔物がどこからやって来たのか、或いはどうやって発生したのか知っているか? メヴィ」
「……知りませんけど」
「そうだな、俺も今まで知らなかった。だが研究を重ねる内に、どうやら――全てとは断言出来ないが確実に神魔物の何体かは錬金術によって生み出された事が分かった」
「……え?」
「つまり既存の神魔物を解体し、ブラックボックスを開ける事に成功すれば。新たな神魔物を創り出せる事になる」
「そ、それは変じゃないですか? だって、錬金術業界は今も昔もずっと発展していないうだつの上がらない分野ですよ。神魔物だって何百年も前から存在していると言われているのに、数百年前の人間が錬金術でそれを生み出すだなんて」
「そうだな。アルケミストは……うだつが上がらない分野だったのではなく、年月を重ねて衰退したのかもしれない。なあ、ワクワクするだろ? 神魔物を研究すれば今まで明らかにされていなかったあれやこれやが分かるかもしれないんだぜ」
クスクスと笑うオーウェンは楽しげだ。
気持ちだけは分かる。もし生物を創り出す錬金術の極致とも呼べる境地に至ったとしたら、それはきっと刺激的だろう。好きな特性を付けた不死身とも呼べる化け物の生みの親になれば。
だがそれと同時にメイヴィスの全身を破裂させて見せたウタカタが脳裏を過ぎる。もしあの時、人魚の涙を服用していなければ普通に死んでいただろう。万が一、自分以外の誰かが出会していたら――
考えるだけで恐ろしい。もし本当にあのおぞましい化け物を創ったアルケミストがいたとしたら、何を考えて殺戮兵器めいた生物を創ったのか問い詰めたいくらいだ。
これ以上、師匠から話を聞いても収穫は無さそうだ。これは偶然が巡り合わせた悲劇。神魔物が弄り甲斐のある玩具だと、探究心の旺盛なアルケミストに知られてしまった事が最大の原因だ。
理由の部分は触れても無駄だと悟ったメイヴィスは、端的に用件を告げた。恐らくは却下されると思うのだが話をしてみない事にはそれを断じるに至らない。
「――師匠。私からお願いがあるんです」
「話だけなら聞くぞ。実行出来るかは、まあ、別だけどな」
「神魔物を野に放ったのが師匠である事を自首し、証人になって下さい」
目の前の彼はきょとんとした顔をした。本気で何を言っているのか分からない、そう言いたげな顔だ。
「自首? そんな事したら研究が続けられないだろ」
「何故ですか? そもそも、師匠がよく開発していたマジック・アイテムは日常の利便性を高める為のモノばかりでしたよね? 日常と掛け離れたこんなモノを研究してどうするって言うんですか。人生を棒振りたいとしか思えません!」
放った言葉のどの部分にオーウェンの地雷が埋まっていたのかは定かでは無い。ただ、吐き出した言葉を終える頃には、彼は吃驚する程の無表情になっていた。怒らせたのは分かるが、一緒に生活している間だって見た事の無い表情にメイヴィスは言葉を失う。
どちらも無言のまま見つめ合う事数秒。掠れた声を紡いだのは師匠の方だった。
「お前が……」
「わ、私が? なんですか」
「お前が、便利なだけ、錬金術の知識があるだけじゃ駄目だって事を俺に教えてくれたんじゃないか」
「……はい?」
身に覚えの無い発言に思考が停止する。自分の師はオーウェンであって、逆はあり得ない。常に教えを請うていたのはメイヴィスの方で、逆はなかった。だから彼に何かを教えた記憶など全く無い。