6話 アルケミストの恋愛事情

05.アロイスの懸念


 ***

 そんなこんながあった数日後。
 王女様は大変予定を取り付けるのが上手で、オーウェンとの面会に護衛付きで行う事を承諾させた上、数日待っただけで面会の日がやってきた。

 メイヴィスの知る師匠はフランクな人物でテキトーが服を着て歩いているような人だ。それを相手に面会などという大層な名前を付けて会わなければならない状況、というのは予想外過ぎてピンと来ない。
 国内にある第三者会議室を貸し切りにしたが、ここは文字通り『第三者』が運営するスペース貸し出し企業だ。彼等はどこにも誰にも属さず、ただただ何も無い部屋を貸すだけの業者。
 国も王属も何もかもが関係無い。まさに今回の面会に相応しい舞台である。

 コゼットの町に広がる石畳を踏みしめながら、必死に心臓を落ち着ける。護衛の同行を可としているので、隣には当然アロイスもいる。あと何回、彼の隣を歩けるのだろうか。人生においてこれ程同じタイミングでトラブルに鉢合わせるのも珍しい。

「緊張しているのか、メヴィ?」
「そうですね、とても緊張しています。ギルドに履歴書を持って行った時以来です」
「はは、懐かしいな。つい最近、俺もオーガスト殿と面接をした。とはいえ、余程黒い経歴でも無い限りギルドマスターとお話するだけの面接だったようだが」
「いえ、当時の私は落とされるんじゃないかとドキドキでした。マスターが優しい人だったので、錬金術の商売も認めてくれて充実した毎日を送れた訳ですが」

 そうか、と微笑んだアロイスは心なしか上の空のようにも見えた。緊張感を解すような会話をしながらも、何か別の事に思いを馳せているように感じられる。気掛かりな事でもあるのだろうか?
 チラチラ、時折護衛の視線が刺さる。メイヴィスの顔を見ている訳ではなく、出で立ちを確認しているような気がしてならない。

「――アロイスさん? 私、変な格好してますかね。いつも着てる服なんですけど……」

 盛大に糸が解れていたり、いつの間にか服に大穴でも空いていたりするのだろうか? 衣類を身に纏った時にそんな物は無かったと思うのだが。
 メイヴィスの言葉でハッと我に返った騎士サマは首を緩く横に振った。

「ああいや、そういうつもりはない。気にしないでくれ。……あー、ところで」
「え、何でしょう?」
「メヴィ、お前、その……危険物などは持っていないな?」

 ――質問の意図がさっぱり分からない。
 危険物、刃物や薬物の類いを持っているのかいないのか、という問いであれば答えは『持っている』だ。ローブの中には多種多様な危険物が収納されており、その気になればそれらは今すぐにでも取り出せる。
 加えて護身用の短剣くらいなら、幾らアイテム・ボックス係とは言えど常に持ち歩いているのでやはり質問の意図が分からない。ギルドのメンバーなのに、それらを所持していないはずがないし、アロイスだって背にはいつもの大剣。見えないが服の下に小ぶりなナイフなどは絶対に所持しているだろう。

 不意にアロイスが足を止めた。見れば目的地の建物に到着していたのだが、中へ入る様子が無い。眉間に皺を寄せて険しい表情だ。
 質問の意図が分からない以上、安易にイエスかノーで答えるのはよろしくない気がした。ガード文言を加えつつ、慎重に護衛の問いに応じる。

「えー、その、いつも日常的に持ち歩いている……護身用のあれやこれやなら、ローブの中に収納してはいますよ。でもこんなの、意識して持ち歩いている訳じゃなくて、いつも手元にある物なんですけど」
「よしよし、少し止まってくれ。メヴィ」
「えっ」

 す、と自然な動作で頭を抱えたアロイスに困惑を禁じ得ない。うろうろ、と歯切れも悪く視線を彷徨わせた彼は言葉を選ぶように口を開く。先程のメイヴィス自身のような挙動だった。

「その、気を悪くしたら申し訳無いが……。その危険物、刃物の類いは今からの面会で使う予定は無いな?」
「はい? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 ――それでやっぱりどういう意図の話なの?
 場は混迷を極めている。護身用のそれらを使うか使わないかは、今後の展開次第だ。100%使わないとは断言出来ない。何かがあってアロイスの手も塞がっている場合、かなり低い確率ではあるが物理的な武器に頼る可能性はあるからだ。
 すぅ、と大きく深呼吸したメイヴィスはこれまた言葉を選ぶように発言した。

「恐らく使わないとは思います。が、状況によってはかなり低い確率で使用する……かもしれません。使わないと断言は出来ないです」
「そうか。いや、お前の気も全く分からない訳ではないさ。ただ、オーウェンは今後大事な証人になる予定の人物。交渉や話し合いが決裂したからと言って、手は出さないと約束して欲しい」
「手を出す? え、そんなつもりは欠片も無いですけど……。王城のアレコレに首は突っ込みたくないですし」
「え?」
「えっ……」

 何故か驚いたような顔をするアロイス。それを尻目に脳内で今回の件について簡単にまとめる。
 まずオーウェンは王城の不正を暴く為の生き証人。生きていなければならない。メイヴィス個人の意見としては自らの意思で証人になり、やらかした事を自白して欲しいのみである。
 そして今揉めている神魔物の件に関しては王女のお仕事だ。面会を終えた後、提出物も終えているので今後はノータッチ。一介の野良アルケミストに出来る事は何一つ無い。

 更に言えば今回の面会の目的は師匠・オーウェンの真意を知る事。王女を巻き込んだ完全に個人的なお話し合いである。そうである以上、王女様の不利益になるような振る舞いは控える心積もりだ。
 よってアロイスが懸念しているオーウェンに手を出すなんて事は、向こうが何か仕掛けて来ない限りはあり得ない。まさか師を暗殺するとでも思われているのだろうか? 心外だ。流石にそれをやったら方々に迷惑が掛かると分かっているし、そもそもそんな度胸など無い。

「アロイスさん、私の事、何だと思ってるんですか?」
「あ、いや、すまない。ちょっと嫌な話を小耳に挟んだだけで……」
「こわ、何ですか嫌な話って……」

 結局、騎士サマに詳細を聞いても教えて貰えなかった。