6話 アルケミストの恋愛事情

04.シノの怒り


 女性2人と別れたアロイスは今度こそ地下の工房に辿り着いた。鍛冶場については光が漏れ出ている他、作業の音も響いているので無人では無いと分かる。が、作業から解放されたばかりであるアルケミスト用の工房は真っ暗だ。こちらは無人なのだろう。
 暖簾を潜ればすぐに鍛冶場の親方であるエルトンの背が見えた。燃え盛る炎の具合をまんじりと見つめている。

「――用事か?」

 振り向かないまま、エルトンがそう訊ねた。

「ああ。いくつかの武器をメンテナンスしたくてな。予約を取りたいのだが、直近で空いているのはいつだろうか?」
「整備だけか、アロイス」
「はい」
「なら3日後の空きが一番近い」
「では、その日に頼む」

 整備を依頼するにあたり、報酬についての取り決めを行う。ギルド内部にあるとはいえ、鍛冶士も当然ながら立派な独立した職人。タダで受けるなどという都合の良い事は無い。

「――それではエルトン殿、その日取りと報酬でお願いする」
「毎度。ああ、そうだ――」

 何事か言いかけたエルトンの言葉はしかし、他でもない彼の愛弟子によって遮られた。バタバタ、と急いで駆けてくるような足音の後、声が響く。

「聞いてよ師匠!!」
「なんだ、シノ。慌ただしいぞ」
「いや、それどころじゃないんですよ。メヴィが! メヴィが私に黙ってミスリルの加工技術、取得してたって本当ですか!?」

 憤慨した様子のシノに師匠はぐったりと溜息を吐いた。もう気付いたのか、と言いたげなニュアンスである。

「どこでそれを知った?」
「納品書の整理をしていたら、メヴィの納品書にミスリルが……。アイツ確か、この間師匠に何か造らせてましたよね?」
「ああ」
「それにミスリルを使ったって事ですか!? 溶かし方は?」
「教えられないそうだ」
「ぐぬぬ……」

 ギリギリと奥歯を噛み締めたシノ。彼女には悪いが、メイヴィスが鍛冶場で何を納品して貰ったのかが気になる。別のベクトルではあるが、シノもそれは同じだったらしい。

「師匠! メヴィが注文したこの刃物、おかしな設計ではないですか」
「そうだな。お前はどこがおかしいと思う?」
「全部ですよ、全部。まず刃の内側。空洞にするってコレなんですか? 素材がミスリルでなきゃ、ちょっと力込めただけで刀身が真っ二つになります。この謎設計……」

 ――雲行きが怪しい。
 眉根を寄せたアロイスは渋々口を挟んだ。本当は師弟の教育に水を差すような真似はしたくなかったのだが。

「待て。メヴィは手持ち武器を依頼したのか? 使えないのに?」
「短剣の依頼さ。素材がミスリルって事と、通常ではあり得ないブツである事以外はね」

 そう言ったシノは納品書を見せてくれた。個人情報漏洩だが、護衛として認知されているおかげか、誰もそれを咎めない。自分と彼女がまとめて1セットにされているとよく分かる。

「――こういった手合いの武器は手練れが使用しない限り、トドメ専用の武器だ。メヴィにはこの短剣で相手を殺める力量が無い」
「そうだろ? だから不審だ、って言ってるの」

 高い金を払って作らせたとして、美術目的かトドメ狩り、もしくは不意討ちの雑な暗殺くらいの用途しかないだろう。そこまで考えてアロイスはハッと息を呑んだ。
 ――まさか、オーウェンを不意討ちで殺害するつもりか?
 魔法の技術も高くないメイヴィスなら確かに目の前に居る相手を殺める手っ取り早い方法は近付いて刺し殺す事だろう。豚箱待った無しの案件であるし、社会的な死を覚悟しなければならない手腕だ。失う物があまりにも多い。

 且つ、オーウェンを殺害されるのは実際問題とても困る。彼は生きた不正の証拠であり、死なれると有用な証拠が闇に消えてしまうからだ。
 どういう腹積もりで殺害を目論んでいるのかは不明だが、彼女の事はよくよく見ておこう。ただでさえ、師が王宮の不正に関わっていて精神的にも疲労困憊状態なのだ。何をするか分からない恐ろしさがある。

「アロイス? 黙り込んでどうした?」
「――あ、ああ。いや、何でもないさ。ではエルトン殿、当日はよろしく」

 早口に謝礼を述べ、鍛冶場を後にする。シノが怪訝そうな空気を放っていたが気付かないふりをした。