01.解析結果
ページ解析の為、ギルドに泊まり込みで研究を初めて3日が経った。適時休憩を挟んだりしながらも、瞬間集中型のメイヴィスは一度集中すると作業の手を止めないので、実質3日間フル稼働だったと言って差し支えないだろう。
それに付き合ってくれたスポンサーことジャックの体力も驚異的で、3日間文句も言わずに付き合ってくれた。ストマを何度か放流しかけたのも今となっては良い思い出――いや、良く無い。気を付けよう。
これまで色々な物の解析や発明を行ってきたがノンストップで3日も消費する事になったのは、覚えている限り初めてである。やると決めてからの期間であれば、最長24時間。ヴァレンディア国の滞在期間は別の仕事と並行して行ったので実際の作業をした期間だけを数えるものとする。
ページの解析に辺り、一番の問題は仕組みが全く理解出来ないものだった事だ。導線となる出し入れ用の術式を解析するのは早々に諦めた。術士ではないし、何よりそうでなくとも見た事の無い幾何学模様でこれを解析していては年単位で時間が過ぎてもおかしくはなかった。最悪、同じ物を作成する際はこれをそのまま流用すれば問題は無さそうだったし。
次いで問題となったのは紙を構成する材料である。これもまた見た事の無い素材が使われているのは明白だった。
水を弾く性質を持ち、しかし一定のインクは弾かずに染み込ませる――マジック・アイテム。錬金術を用いた手法で素材と素材の利点を混ぜ合わせた形跡。それらを割り出すのに丸1日掛かった。苦い思いで一杯だ。
が、もし量産する事になった場合のコスト削減も可能になった。要は同じ性質を持った素材で安い物に差し替えればいいのだから。これは大きな進歩と言える。
最後にインク。正直、これに一番時間が掛かった。インク自体はすぐに再現出来たものの、素材の関係で普通のペンではペン先が詰まってしまい、インクとして使いようがなかったからだ。
なのでペンで術式を描く、という発想はすぐに捨てた。そもそも手描きすると元あった術式のレイアウトを崩してしまうかもしれないので良い手段では無い。
術式を丸々転写する為のシステム構築と、アイテムを作成していたら上記の通り3日が経過していた。
「――以上がこの3日間で私がしていた研究です」
そうスポンサー殿に報告すると、との端正な顔に無邪気な疑問符を浮かべた彼は美しくも可愛らしく首を傾げた。
「……? ページの解析をしていたはずなのに、何故途中からページを量産する話になった?」
「分解したら次は一から組み立てる。すいません、そういう観点でしか解析出来ないんですよね。アルケミストの解析って、こっちで好き勝手作り替える為にするものですし」
「私は錬金術に明るくは無い。その言い分に関して物申す言葉は無い。つまりはどういったアイテムなのか分かった上、材料さえあれば複製出来るという事で良いのか?」
「はい。ばっちりです」
「最後、急にインクと複製器を作成し始めた時は気でも狂ったのかと思ったぞ。嫌気が差して別の作業を始めたかと……」
「あっ、すいません。何しているか、聞いてくれて良かったんですけど。あ、そうだ。試しついでに手元にある素材でページを3枚程作成してみました」
「仕事が早い。あまりにも濃すぎる3日間だったが為に実感は薄いが、想像以上に優秀のようで何よりだ」
完成品を取り出す。効果の程はストマで実証済み、新規作成したページの1つには既に例のストマがしっかりと収まっている。
納品するかもしれないのでページの説明をしなければならない。
「ここにある黄ばんでいない真っ白な紙が、新しく作ったページです。レイアウトは元々のページを基本にしたので違いは紙質だけでしょう」
「そうだな。古いか新しいかだけの違いに見える」
「はい。違いはそれだけ。同じ家が二つあるとして、内装も何もかもが同じなら新しく建てた方に住みたくなるでしょう? これはそういうアイテムです」
「新しく作り直しただけ、という事か」
「そうなりますね。ページに収まっていない神魔物では実験していないので断言出来かねますが、ページに入っていた神魔物であれば新しく作ったこちらのページに惹かれます」
「あくまで相手が神魔物を放って来た場合にのみ有効、という訳か」
――そうだ、注意事項も伝えておかないと。
アルケミストとしては失敗は成功の母という理論で深く気にしないのだが、顧客は欠陥製品を当然気にする。錬金術師が作ったアイテムは完全保証が出来ない物ばかりだ。何せ作った事の無い物を世に送り出している訳なのだから。
どの客にも不安定な商品を仕方無く売る場合はガード文言を挟むようにしている。そしてそれはスポンサー相手でも変わり無い。
「もし使われるのであれば、あまり私のアイテムだけを頼りにしない方が良いかと。使われていた術式は丸々転写ですので、正直私にはその術式の理論はさっぱりです。万が一お使いになられる場合は、ルイーズ様にもそうお伝えください」
「承知した。では、一旦関わりのある者達を招集するとしようか。出来上がった物の披露しなければなるまい」
「あっ、私が自分でプレゼンするんですね……」
――なら全員集めてから説明すれば良かった。
二度手間になってしまったと、メイヴィスは小さく溜息を吐く。ジャック殿も二度同じ話を聞かされて嫌だろうに。そういう事は早めに言って欲しいものだ。