5話 アルケミストの性

10.突飛な提案


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 頭を入れ替えるべく、メイヴィスはロビーに移動して来ていた。ギルドは今日も通常営業中なので、クエストを受注しているメンバーやクエストを申請しに来ている客の姿で賑わっているようだ。
 自分以外に人がいるという謎の安堵感に息を吐き出しつつ、軽食でも摂ろうかと周囲を見回した。ロビーは受付を除き、囲むようにして食事処がある。食べ物を注文してから適当な空いているテーブルに着いて食べるという半セルフ形式だ。

 ――時間が微妙過ぎるせいで、開いてる店が少ないなあ……。
 残念な事にドリンクのみを販売している店、甘すぎるケーキを置いている店などしか稼働していない。甘い物も良いのだが今は食べる気分ではなかった。

「メヴィ、アルケミスト研究は終わったの?」
「あ、ナタ!」

 呼ばれたと思えば、すぐ背後にナターリアとヒルデガルトが座っていた。あれ、そういえば何故錬金術に関するアレコレをしていると知っているのだろうか。彼女等にそれを説明した記憶は一切無い。

「先程、アロイス殿が一人でいらっしゃいまして。メヴィはお仕事中だと窺いました」
「あ、あー。そうなんだ」
「はい。お疲れのようですね? 珍しく苦戦しているのでしょうか?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど。色々あって集中出来なくて」

 色々、という部分に食い付いてくるのは、やはり親友。ナターリアだ。

「なになに~? 恋のお悩みってやつ? あたしに相談しても良いんだよ、メヴィ」
「……あー」

 こうして聞いて来るという事はアロイスにギルドから離れる話は聞いていないらしい。勝手に話して良いものだろうか? 
 いやでも、このモヤモヤとした気持ちを消化してしまわなければいつまで経っても前に進めない。2時間も休憩をお願いしたというのに、全然気持ちの切り替えが出来ていなければ呆れられてしまうだろう。
 話しちゃいけない事だったらごめんなさい、心中で謝罪しメイヴィスは口を開いた。

「あーっと、アロイスさんの事なんだけど――」

 かくかくしかじか。
 クエストの部分などはぼかして、諸事情によりアロイスがギルドから出て行く旨を簡単に説明した。
 話を聞き終えたヒルデガルトが神妙そうな顔をする。

「確かにアロイス殿は、ギルドへ戻る理由が無ければ二度と戻って来なさそうな方だとは思いますね。ふわっとした方なので……」
「メヴィ、野放し状態にしたらギルドにアイツ戻ってこないって! 引き留めた方が良いんじゃ無い?」
「いや、私に引き留める権利とか無いんだけど……」

 留まらせる権利は無い。アロイスは自分とは違い、自分で自分の面倒は見られるからだ。生活をするだけなら一人で何ら問題は無いだろう。
 ならさ、とナターリアが据わった目で提案する。

「告白すれば?」
「え? 何を? 何らかの罪を?」
「すっとぼけちゃって。男女間での告白って言ったら、そういう意味でしかないでしょ」
「……待って、アロイスさんと私はそういうアレじゃないし……。そんな事して、足を引っ張るのはちょっと」
「どうして? もうギルドから出て行くんだから、どんな返事を貰ったとしても後腐れが無くていいよねっ?」

 それはいい考えかもしれません、とヒルデガルトが相槌を打つ。彼女は心なしか恍惚とした表情をしていた。まさか、念願の恋バナが始まって浮かれているのか?

「アロイス殿からお断り拒否された場合も出て行かれるのでナターリアの言う通り後腐れがありません。万が一、成就した場合は留まるか貴方も連れて行くか――アロイス殿に限って不義理な事をするとも思えませんし」
「まあ、あの人、人間関係とかはきちんとしてそうだよね。クズ男ムーブはなさそう」
「はい。アロイス殿がそのような事をするはずもありませんので、ナターリアの提案通りにするのがよろしいかと」
「そうそう! メヴィも玉砕しちゃえば、次の男に乗り換えられるしねっ!」
「いつ戻るか分からない男性を待ち続けるより、ずっと堅実ですよ。メヴィ。一つの区切りとして丁度良いのかもしれません」

 んー、とメイヴィスは唸った。恋愛百戦錬磨、無勝のナターリアは確かに勝ちこそしないが数打ちゃ当たる方式で経験だけは豊富だ。この謎めいた提案のように、確実に意味のある弾を撃ち出す手腕からも狡猾さが伺える。
 ただ、メイヴィスは彼女と違って勝負にすら縺れ込んだ事の無い初心者。そう簡単に分かりましたやります――否、出来ますと返事はできない。

「うーん……まあでも、ナタの言う通りにすれば後悔はしなさそう。そういう選択肢もあるのか……」
「ぶっちゃけ、本当にアロイスが出て行くならそれしか選択はないよっ! まあ? メヴィが黙ってアイツをお見送り出来るならもう何も言わないけれど」
「んー」
「やらずにする後悔より、やってする後悔。案ずるより産むが易し。悩んでいる時点でもう悩む必要は無いって訳!」
「そう、かもしれない」

 ナターリアの言葉は正しい。選択肢の一つを胸に刻み込み、頷いた。靄は少しだけ晴れて、一先ずは仕事を終わらせようという気持ちになれたのは僥倖だ。