03.高貴な人
女性との緩い見つめ合いはすぐに幕を下ろす事となった。
というのも、視界の端で話をしていたスポンサーとギルドマスター。会話の何かが完結したのか、オーガストが分かりやすくがっくりと肩を落としたからだ。自然、顔見知りの大袈裟な挙動に視線が誘導される。
「どうしたんだろ……」
「こちらへ戻って来たな」
肩を落としたままのギルドマスターがメンバーの元へ帰還した。無事、とは言えない様子だが。
渋い顔をした彼は落とした肩を竦めて、重々しく口を開く。
「あー……すまん、お前達に紹介しなければならない人がいる。仕事の依頼だ」
「あ、スポンサー様からですかね? 最近、何も頼み事されてなかったし、腕を振るって頑張ります!」
「メヴィ……いや、確かにその認識で間違ってはいない……あー」
今まで見た事が無いくらいには煮え切らない態度のマスターに、メイヴィスは思わず口を閉ざした。白黒ハッキリする性格の彼があーだの、うーだのと言葉を濁す様は不気味としか言いようがない。
異変を感じ取ったのか、控えていたヘルフリートも心配そうな顔をしているし、アロイスは険しい顔に変わった。
ギルドのメンバーが話し込んでいる背後、ジャックとフードの女性が密やかに言葉を交しているのが見える。会話、と言うよりスポンサーが彼女に何らかの指示をしている。一方的に話をしているようだ。
そんな2人組をオーガストが呼ぶ。揃って合流したスポンサーとフードの女だったが、微妙な空気はしかし、女性がフードを僅かに上げ、顔を見せた事で一変した。
「えっ、ルイーズ様!?」
「静かに!」
悲鳴にも似た声を上げたヘルフリートに、横からオーガストが更に大声で叱咤した。しかし、場は混迷を極めている。
困惑気味のアロイス、挙動不審のヘルフリート、絶えず警戒し続けるオーガスト。
そりゃそうだろう。彼女の名前はルイーズ・グランデ。現王の妹君、王妹殿下であらせられる。こんなギルドのロビーに平然と立たせておいていい存在ではない。
が、この場には奇跡的に王属勤務だった騎士が2人もいる。混乱した場の空気はすぐに整えられた。
「ご無沙汰しております、ルイーズ様」
「騒ぎ立てして申し訳ございませんでした」
構わないわ、と周囲に漏れないくらいの小さな声でルイーズが頷く。
「急に邪魔をしてごめんなさい。本来は王族がギルドに足を運び、業務の邪魔をするなど許されない事なのだけれど。大きな事情があったの。そちらの方」
「ヒッ!? は、はい……」
力のある強い瞳がメイヴィスへ向けられる。怒られた訳でも、何かした訳でも無かったが思わず背筋を伸ばした。王女は落ち着いて、と品のある動きでメイヴィスを宥めに掛かる。
「落ち着いて。わたくしはルイーズ・グランデ。初めまして」
「ひぃ……は、はじめまして……」
「怯えなくていいわ。此度のわたくしは、依頼人としてギルドにいるの。他でもない、高名なアルケミストへの依頼をしに、ね」
心臓が嫌な音を奏で始める。自惚れでも何でもなく、コゼット・ギルドにいる職業が『錬金術師』の人材はメイヴィス一人しかいない。つまり王族の彼女は自分に何らかのクエストを持ってきた訳である。
――失敗したら巨大なギロチンで首を刎ねられかねない。
未来予測を終えたメイヴィスがガタガタと壊れかけのミシンのような音を立て始めるも、誰もその意を汲んではくれなかった。無情にも落ち着かない様子のギルドマスターが言う。
「立ち話も何ですし、会議室を用意しましょう。誰が聞いているかも、まあ、分からないですからね……」
***
ゾロゾロと会議室へ移動してきた。ギルドロビーの喧噪から離れ、頭が真っ白になる心地がする。主に緊張で。
「メヴィ、顔色が悪いな」
「あばばばばば……」
声を掛けてきたアロイスにもまともな返事が出来なかった。逆に、何故ナマの王族を前にして落ち着いていられるのかを問いたい。心臓に針金でも生えているのか? いや待て、王属騎士だったのだから王家の存在と話をするのなんて珍しくないのかもしれない。
あまりにも緊張しているのが可哀相だと思ったのだろうか。アロイスが小さい子供にそうするように背中を摩ってくれた。
「うわああああーん!!」
「うわ、急に叫ぶな。どうした……」
「違う緊張感に襲われてしまって。や、優しくしないで下さい……」
騎士サマの困惑している気配がひしひしと伝わってくるが、それどころではなかったので黙殺した。