02.強い後ろ盾
オーガストが長考に入ってしまったが為に、気まずい沈黙が降りる。気分は罰則を言い渡される前の罪人だ。
そんな重苦しく纏わり付く沈黙を破壊したのはこの場にいる誰でも無く、新たな第三者だった。
「――こんな所に集まって何をしているんだ?」
「アロイスさん!」
不意に姿を現したのは騎士サマその人だった。ここはギルド内部なのでいてもおかしくはないし、道のど真ん中で話をしていれば、そりゃ出会うだろうが。
元同業者のよしみなのか、ヘルフリートが端的に現状を説明して聞かせる。粗方の事情を聞き終えたアロイスは眉根を寄せた。
「正気か、メヴィ? 悪い事は言わん、お師匠殿に会うのは止めておけ。というか、そもそも会う事が困難だろうが……」
「そうなんですけど……」
「これだけの騒ぎを起こすような相手だ。今更、弟子の言葉で立ち止まるような覚悟ではないだろう。力尽くで止めるにしても、お前にその方法は向かないぞ。公的機関に任せるべきだ」
その言葉に違和感を覚えたメイヴィスは頭を振った。確かにアロイスの言葉は一から十まで正論だ。ただ、今回の場合においては異論を唱えざるを得ない。何せ。
「師匠、王属錬金術師なんですよね? それって……公的機関であるはずの、王宮がバックにいるって事じゃないですか。動けるんですか? その、公的機関は」
ヘルフリートと目が合う。公的機関の代表者様はすっと目を逸らした。それが全てだ。王宮が取り仕切る公的機関など、何の抑止力にもならない可能性がある。
全てを察してくれたアロイスは肩を竦めると話を切り替えた。
「ではメヴィ、お前はどうやってオーウェンに会うつもりだ? 王属錬金術師だぞ、おいそれと平民が会えるものではない。加えて、お前はコゼット・ギルドのメンバーだ。師匠殿にとっては警戒すべき対象でもある」
「だ、だからその、師匠を呼び出す許可を貰いにマスターに相談しているんじゃないですか」
「ああ、そうだったな。呼出しに応じるかは別として、か」
現実問題として、師匠に会う為には弟子の特権を振り翳すくらいしか方法が無い。アロイスの言う通り、王属になっているのであれば雲の上の存在だからだ。如何に弟子とはいえ、オーウェンを所有している陛下とは他人。気軽に面会を頼める相手ではない。
絶対に会わない方が良いアロイスと師匠を直接止めるべき派の弟子・メヴィ。相反する意見が今、争いを繰り広げようとしていた――
「面会する手段が無い訳ではない。勿論、到底安全な方法ではないがな!」
口論に発展しそうだったギルドメンバーの争いを治めたのは、長考に入っていたギルドマスター・オーガストだった。三者の視線がマスターへと向けられる。
「どういう事ですか、マスター」
「ううむ、だがな……。私の一存で決められる問題ではないし、そろそろ時間が押している。諸々を考えてから結論を出して良いだろうか?」
「え、何か用事でもありました?」
「少し待ち合わせをしている! 悪いが、ここで一旦解散を――」
ぴたり、とオーガストの言葉が止まった。その視線はメイヴィス達を飛び越え、更に後方を見ているようだ。タイガーマスクのせいで分かり辛いが。
何がいるというのか。後ろを見やる。
「あっ! スポンサー様……」
久しく姿を見ていなかった錬金術師に投資をしてくれるスポンサー事、ジャックが我が物顔でこちへ歩いて来ていた。その隣には黒いローブにフードまで被って全身を隠した人物もいる。最近、素性を隠している人ばかりいる気がするのだが。
一瞬、娘のイアンかと思ったがどうも違うようだ。子供の背丈ではない。身体の華奢な感じからして女性なのは確かだが。
「すまん、来られてしまったか……!」
雑にメンバーをあしらったオーガストが早足でスポンサーの元へ駆けて行く。どういう力関係なのかは不明瞭だが、毎度の事ながら彼はスポンサーに頭が上がらないらしい。露骨に媚びを売ったりはしないのだが、どうしてもスポンサーの事を最優先にしたがる。
目で追っていると、オーガストは早速ジャックと何事か会話を始めた。そうなってくるとローブ姿の女性は蚊帳の外らしく、彼女もこちらを見ているのが伺える。
「――ローブの女性、知り合いのような気がするな」
「アロイスさん、こっちを見ているってだけで知り合いかもしれないというのは流石に……」
「俺は常識知らずだと思われているのか?」
――いや、時々人との距離感が変な気がするだけです。
流石に口に出すのは憚られて心中で返事をする。でも確かに、アロイスの言う通り彼女はまんじりとこちらの様子を見ているようなので、何か用事があるのかもしれない。