5話 アルケミストの性

01.ギルドマスターへのお願い


 その日、メイヴィスは朝一番でギルドに足を運んでいた。脅威の午前7時。ギルド関係者は行き来しているが、依頼人の姿は見られない。そりゃそうだ、朝早すぎる。

 意味も無く早出した訳ではない。ギルドマスターに相談事があったからだ。やはり客が入り出すとマスターも忙しくなるので、朝の方が話をすぐに聞いてくれそうだと判断したのだ。
 相談したい事はシンプル。師匠・オーウェンとの面会をしたい、という旨の相談だ。昨日、ヘルフリートを預けた時マスターには事の顛末を説明したのでそれがどういう意味を持つのか理解して頂ける事だろう。

 ――でも正直、師匠が私の呼出しに応じてくれる気がしない……。
 本当は王属錬金術師というのが同姓同名の別人で、師匠と何ら関わりが無いのであれば簡単に呼んだら来てくれそうだが、そんなものはただの妄想。
 自分が指示を出したヘルフリートが戻らない以上、警戒して弟子の言葉にも耳を貸してくれないかもしれない。

「グッ! モーニングッ!! メヴィ!!」
「朝からうるさ……!! おはようございます、オーガストさん」

 声を掛けられて肩が跳ねる。顔を上げると今日も今日とてタイガーマスクを着用した、体格の良い我等がギルドマスターがいた。なお、その隣にはヘルフリートも立っている。この分だと、騎士の彼は帰宅する事が叶わなかったようだ。仕方無い事ではあるが。
 しかし、良いタイミングで現れてくれた。丁度良いので用件を切り出す。

「あの、マスター。折り入って相談がありまして」
「うむ、聞こう!!」
「そのー……昨日の今日で何を言っているんだ、って話なんですけど。師匠と面会をしたくて」
「正気か!? 数日前ならば簡単に許可したし、そもそも私にお伺いを立てる必要も無かったが……まあ現状、簡単には許可できんな」

 先程までのテンションが形を潜め、蕩々とそう言われてしまえば二の句が継げなくなる。窘めるように紡がれる言葉には妙な強制力があった。

 そうだぞ、とヘルフリートが眉根を寄せて首を横に振る。

「メヴィ、今は止めておいた方が良い。俺が戻らないから、恐らく奴も警戒しているはずだ。何か君に危害を加えないとも限らない」
「そもそも、会ってどうするつもりだ?」

 ギルドマスターの問いにメイヴィスは唸った。畳みかけるようにオーガストが言葉を続ける。

「神魔物の件を引き起こした理由でも聞いてみるか? こんな事件を引き起こした理由を知りたいと?」
「……いえ、理由は、良いんです。何となく分かります」
「そうなのか?」
「知らないモノは知りたくなる。見た事の無い物はバラして組み立て直したくなる――アルケミストの性です。だからそこに、恐らくそれ以上の理由は無いのだと思います」
「そうは言うがメヴィ、君も錬金術師だ。興味を惹かれれば、君の師がやったように大事件を引き起こすと?」
「……肯定も否定も出来ません。私の興味は今の所、神魔物にはありませんからね」

 ここに来て、ギルドへ入ってからの自身の行動を鑑みる。やはり、師匠のようにならないと断言出来る材料は見つからなかった。ただ、ギルドに所属しているので危険な事をしようと思えば、必ず誰かが止めに入るのだろうけれど。

 順序立てて思考をまとめれば、自分が師に何を望むのかが明白になってきた。理由なんて分かりきったものを聞くつもりはない。それに興味があった、それだけの事だ。
 研究へ至るまでの面倒臭さと、探究心を天秤に掛けて、後者に傾いた。なのでそこに理由は恐らく無い。恐るべきは物臭な師匠が王属錬金術師にまで昇格し、面倒臭い作業であるはずの土台作りを行ってから研究を始めた事。
 ――それだけ神魔物の研究に心血を注ぎ、手放し難いものであるという事。

「さっき、マスターは私に何の為に会うのか聞きましたよね。答えが分かりました。私はただ、師匠に自首して欲しい。それだけです」
「難しいぞ、恐らく。私はオーウェン・ジュードの事をよく知らないが、並々ならない執着のようなものを感じる。止めるとは思えないが」
「いえ、それでも。話し合う事は大切ですから」

 ――ただ、一つだけ気掛かりな事がある。
 まだメイヴィスが彼の弟子として付き従っていた頃。あの頃には、師匠の口から神魔物だなんて単語は聞きもしなかった。更に言えばわざわざこんな大騒ぎを起こす程の執着心も無かったように思える。
 どの段階で、或いは何が切っ掛けで神魔物を研究するに至ったのだろうか? 彼に神魔物の良さ、興味を惹くようなプレゼンでもした人物がいるのだろうか。