4話 創られたページ

11.退職理由


 そうなってくると――どうなるのだろうか? 頭の回転が遅いメイヴィスは一瞬だけ、その回転を止めた。どうなるのかとんと想像が出来ない。
 考えている間にアロイスが更に言葉を重ねる。

「ヘルフリート、俺は何故、暗殺されそうになっていたのだろうか? 方々から恨みを買っている可能性はあるが、人を雇ってまで俺を殺すメリットは無い」
「陛下がアロイス殿に謎の執着をしておりましてですね……」
「陛下……シーザー様だな?」
「ええ。貴方もお会いした事があるはずです。何せ、貴方が使えていた先王のご子息……、まさか、知らないなどとは言いませんよね?」
「無論だ」

 現王はシーザー・グランデ。先王はアーサー・グランデ。この辺まではコゼット出身者ならば誰でも知っている事だし、国民にとっては常識的な話だ。
 先王は数年前に病気で死去。その後は順当に第一王子であったシーザーが王座を継いだ。王宮のあれこれは庶民にとって未知の領域ではあるが、少なくともメイヴィスを含む一般的な国民はその流れがおかしいとは思わない程、自然な出来事である。

 頭の中で情報を整理する。ヘルフリートが説明を続けた。

「陛下が王位を継承された後、それに伴い師団も現王の管轄となりました。コゼットでは王が師団の所有権を持つので不自然な流れではありません」
「そうだな」
「しかし、アロイス殿はシーザー様が王位に就かれた途端、師団を抜けてしまった」
「ああ。……なに? それが悪かったと言うのか?」

 鳩が豆鉄砲を喰らったかのよう、とはよく言ったもので、アロイスの表情はまさにその通りだった。困惑を隠しもせず、どうにか理解出来るよう言葉を落とし込もうと四苦八苦している。

「貴方はそのような事に頓着しないのかもしれませんが、当時の師団は、そのほとんどの機能をアロイス殿が担っていた。他にパッとする騎士はおらず、貴方が師団の代名詞だったのです」
「それは他の同僚に失礼だな。皆、優秀な騎士だったはずだ」
「戦いに身を置かない一般人は優秀な騎士の線引きなど分からない。貴方が突出している事は国民から見ても明らかだった。……だと言うのに、貴方は先代が崩御なさると同時に師団を引退したではありませんか」
「――それが、俺が暗殺されそうになった理由だと?」
「はい。王が交代してからすぐに師団を抜けるだなんて……。そんなもの、陛下の師団には身を置けないと宣言するのと同じ。貴方は陛下のお顔に泥を塗った」

 嘆息したアロイスが緩く首を振る。

「その件に関して俺は、先王に伝えてあったはずだ。俺が師団に身を置くのは、一代限りだと。王が替わったのであれば俺の役目は終了し、師団を辞するのは当然の事だ」
「アロイス殿と王宮にどのような約束があったのかまでは、俺も知りません。が、タイミングというものがあったでしょう。貴方のお陰で国民から王宮への不信感が芽生えた。それは揺るがない事実というものです」
「たかだか一介の騎士が団を辞した程度で揺らぐような信頼であれば、所詮はそれまで。人の噂など中身の無い戯れ言だ、耳を貸さなければ良いものを。ともあれ、要約すれば私怨か? 陛下はお疲れのご様子だ」

 ヘルフリートが分かりやすく顔をしかめた。国のトップであり、上司である現王の事をそう言われれば、そりゃ腹も立つだろう。
 話題を変える――というか、他に知りたい事があったメイヴィスは気まずい雰囲気を払拭するつもりでヘルフリートに声を掛けた。正直な話、王族という空の上の存在について野良錬金術師から送れる言葉は無い。

「あの、ヘルフリートさん。師匠……オーウェンについて知りたいんですけど」
「まあもう、ここまで来たら分かる事は教えようか。確か師匠だったな?」
「恐らく。その、師匠はどういった経緯でこんな事を?」
「そうだな……。アロイス殿が師団を抜けて、1、2年経った頃くらいだろうか。急に陛下が新しい王属錬金術師を登用した。そこにどういう契約があったのかまでは、俺には分からないが。最初は本当にただ腕の良い錬金術師で、次から次に陛下の望むアイテムを作り出すだけだった」
「そういうお仕事ですからね、アルケミストって」
「そうだな。俺もギルドに所属してアルケミストが存外と色々出来る職種だと知ったが……。ともかく、オーウェンは陛下の望みを叶え、そして徐々にその地位を確かな物へと変えて行った。その頃にはただ城内を巡回するだけの騎士や、使いもしない攻撃魔法を学ぶと躍起になる魔導師連中よりずっと好待遇だった気がする」
「な、なるほど?」
「半年前くらいかな。オーウェンが陛下の相談役にまで昇格した。それまでは陛下の望みを叶えるだけだった奴は、自由を手に入れてから牙を剥いたんだ。よく分からない神魔物の研究に加え、陛下の指示とは関係の無い行動――挙げ句の果てには師団を顎で使うようになり、今に至る」
「す、すいませんね。うちの師匠が……」

 更に申し訳無い事に、メイヴィスがギルドで働くようになってからは師匠とほとんど会っていない。完全に野放し状態だったと言える。暗い顔をしたヘルフリートはポツリと言葉を溢した。

「陛下は前々から情緒が不安定であられたが……。それでも、あの錬金術師が来てから更に感情の起伏が激しくなったように思える。メヴィ、お前が悪い訳ではないが、それは事実として受け止めてくれないだろうか」
「……」
「俺から話せる事は以上だ。悪いが、所詮は一介の騎士。長々と話して聞かせる程、王家の事情は分からない」

 お通夜のような空気感。
 それでもここでずっと喋っている訳にもいかないし、ヘルフリートをこのまま解放する訳にもいかない。ギルドでクエストをこなしている時に起きた出来事なので、後はギルドマスターに任せるのが順当な流れだろう。
 その日はヘルフリートの身柄をマスターへ引き渡し、事情の説明を終え、帰宅した。