5話 アルケミストの性

04.ギルドにいる理由


 暫くすると、何故かメイヴィス達とは別々にやって来たギルドマスターに加え、スポンサーと王女様も揃った。同じ場所をスタート地点にしたのに、何故一旦別れて会議室に向かったのか。
 答えは簡単だ。恐らくルイーズ様に平民は基本的に高位の相手に対する礼儀が乏しい事を説明していたのだろう。助かる。見るからに王族である彼女は野蛮という単語から最も掛け離れた存在であられる。保険さえ掛けておけば、急に気分を害する素振りを見せたりはしないだろう、勝手な思い込みだが。
 ――そして用件が終わった後に無礼だとか言って首を刎ねられない保証もないが。

 段々暗くなるメイヴィスに対し、隣に腰掛けたヘルフリート、その逆隣に腰掛けたアロイスが頻りに励ましてくれる。彼等は最初こそ王族を前に驚いた様子を見せたがすぐに落ち着いた。
 今もそうだ。震えているのはフリーランスアルケミストの自分だけ。もっとこう、師匠のように王属錬金術師だとか、強そうな肩書きを持っていればこんな思いをせずに済んだのだろうか。謎は深まるばかりである。

 隠す事も出来ずに震えるメイヴィスの正面に、上品な笑みを浮かべた王女様がこれまた優雅に着席した。何故その場所をチョイスしたんだ。かといって、隣などに座られても困惑するのだが。
 俯いたままなのも感じが悪い。そろそろと視線を上げ、この国で最も高貴な血が流れるその人を視界に入れる。
 ――目が合った。瞬間、微笑まれる。文化的で優美に。
 堪らず視線を机に戻した。とてもではないが、自分のような平民が直視して良い相手ではなかったからだ。

「顔を上げて、メイヴィス。わたくしは貴方と話をする為にここへ来たの」
「ひぃ……す、すいません」

 恐々と面を上げる。決して急かしはしないその姿勢に、圧倒的な強者の余裕を見出してしまい背筋が震えた。そう、目の前におわすは高貴なる血統。思い付きの命令一つで人の命を転がせる相手だ。
 見かねたギルドマスターが口を開く。

「はっはっは! メヴィ、肩の力を抜け!! ルイーズ様は簡単に一般人の首を晒したり、ギロチン台に掛けるような御方ではない!」
「それよりまず、この状況について説明して貰いたいのですが」

 助け船を出してくれたのはアロイスだ。室内に揃った異様な面子を見て、首を傾げている。何よりその視線には険があった。
 剣呑な雰囲気を察せなかったオーガストが首を傾げる。

「説明、と言われてもな。メイヴィスに極めて錬金術的なクエストが舞い込んだ、という話でしかないぞ!!」
「そういう訳ではなく。端的に申し上げて、どのような状況下であっても暫定騒ぎの中心である王室の者の依頼を、メヴィが受けるのは問題があるかと。情報を吐いたとはいえ、ヘルフリートまで連れて。この布陣での話し合いが出来るのか、という依頼以前の問題が浮上してしまう」
「あっ……!!」

 ギルドマスターもスポンサーも、誰一人王女であるルイーズの存在を言及しなかったので忘れていたが、神魔物騒動に王宮が一枚噛んでいる可能性があるのは周知の事実。昨日の今日で王女様から錬金術のクエストなど、危険な臭いが酷い。
 アロイスの無礼とも取れる発言。しかし、ルイーズは目くじらを立てるどころか自嘲めいた笑みを浮かべ、肩を竦めた。

「相変わらずね、アロイス。貴方の慧眼、是非、現王の為にも役立てて欲しかったものだわ。物怖じせず我々に意見を述べる姿勢、わたくしは気に入っていたのだけれど」
「ルイーズ様は聡明な御方だ。俺が今聞きたいのは事に関する釈明と説明、分かって頂けますね?」
「ええ、勿論。それが話の筋道というものだわ」

 視線がルイーズへと集まる。かくいうメイヴィスも、恐怖心を抑え込み、顔を上げた。目が合う。清廉潔白で悪い事など何もしていない、と雄弁に語る双眸と。
 全員が話を聞いていると確認し、王女は口を開いた。

「まずは謝罪を。件の神魔物について、騒動の原因はわたくしの兄で間違いないわ。そして申し訳無いのだけれど、この場を借りて長く謝罪の言葉を並べるのはマナー違反。口先三寸と思われても仕方が無いのだけれど、受け流して欲しい」
「そうだろうな。事が収束し次第、国民へ向けての謝罪を行わなければならない。勿論、貴方がだ。ルイーズ殿」

 スポンサー事ジャックが薄く笑みを浮かべる。忘れていたが、彼と王女はどういった関係性なのだろうか。砕けた調子での話し方といい、身分は対等なのか? そんな訳無いとは思うのだけれど。

「それが王族の果たすべき役割。……事の収束後は、現王が現王では無くなっている可能性が高い事だし、ね? それで、ギルドへ来た理由なのだけれど――実はわたくし、かなり前からギルドには出入りしていたの」
「かなり前から、ですか?」
「ええ、ヘルフリート。貴方とアロイス、そして公告の元女性騎士――加えてメイヴィスと共に廃村の調査へ行ったクエストがあったはず。プロバカティオを退けた、あのクエストよ」
「はい、確かに。そういった事がありました」
「あの後から。わたくしは頻繁にギルドを出入りしていたわ。幸い、変わった恰好の人物が多い場所だったから顔を隠していても浮く事が無かったの」
「……ええ」

 それを聞いた瞬間、頭痛でもしたかのようにヘルフリートが頭を抱えた。アロイス暗殺時代をバッチリ王女に見られていた事が堪えたのだろう。