2話 泡沫に咲く花

14.諸事情による体質の変化


 おっかなびっくりローブを捲る。
 どう見たって致命傷、猟奇殺人の現場の体を成している現場だ。漏れなく全身血塗れのメイヴィスが生きている可能性など万に一つも無いであろう光景。辛うじて原型を保っているのがまさに奇跡のようだ――

 いややっぱり、丁度肺のある位置が微かに上下しているように見える。まさか、組織が破壊されているのは表皮だけで内臓は無事だった、などというオチだろうか。この向きで自重を支えられずに倒れた場合、ウタカタ範囲内であれば倒れた瞬間に全身破裂なんて当然のように起こりうるのだが。
 医者ではないので全く何が起こっているのか理解しかねるが、生きているのなら。諦めずに手を尽くすべきだ。例え風前の灯火とも言える状態であってもだ。

 この雨では体温がどんどん奪われて別の要因で命を落としかねない。先程までの足取りの重さが嘘だったかのように、アロイスは街へ向かう為の支度をテキパキと取り始める。
 まずはこれ以上裂傷やケガが広がらないよう、運ぶ過程であまり人体が動かないようにローブなどの布を使って固定。慎重に持ち上げる。その際、仲間達にギルドで集合という旨の煙弾を上げる事も忘れない。
 メイヴィスを町医者へ連れて行き、その足でギルドに戻る。なかなか帰って来ないのを不審がられるのは必至だが、人命が懸かっている事だし仕方が無い。

 ***

 町へ向かう為に歩を進めて30分程が経過した。どうしても両手が塞がっているので、この辺りに生息している魔物を避けて行く必要がある。それを考えながらルート選択した結果、行きより時間が掛かってしまっているのは確かだ。

 しかし、あんまり気にしてはいない。というのも、運んでいるメイヴィスの入ったローブが何となく人体の暖かさを帯び始めているからだ。アロイスの気のせいという線もあったが、何度か確認した結果ちょっとずつ元気になっていっている――ように見える。

 が、次の瞬間、流石にあり得ない光景に今度こそアロイスの息は数秒止まった。
 出来るだけ視界に入れないように、という意味も込めてローブで固定していたはずのメイヴィスの身体がもう気のせいでは済まされないくらいに動いたからだ。呆然と足を止めると、すぐに布の隙間から白い手が伸びてくる。それが、先程離れ離れになった方の腕だと気付いて目眩がした。
 程なくして件のメイヴィスが顔を覗かせる。

「……」
「……アロイスさん……?」

 酷く掠れた声ではあったが、こちらを認識したメイヴィスは確かにそう呟いた。

「メヴィ、ケガは……」
「あー、えーっと、その」

 徐々にいつも通りの幼さの残る声に戻りつつある彼女はバツの悪そうな顔をする。ややあって、誤魔化すのを諦めたような態度で続きの言葉を紡いだ。

「ちょっと……色々あって、私、死なないらしいんです」
「は?」

 以下、移動しながら聞いた話である。ケガが酷いせいか、あまり急いで話せない彼女を休ませ休ませ聞いたので大分時間が掛かってしまった。

 まず第一に諸事情により、少し前から死なない体質になってしまっている事。オーガストとブルーノは良く分からない力でその事に気付いており、ギルド内では唯一メイヴィスの身に起こっている異変、トラブルを知っている人物だった。
 次にケガの原因はやはりというか、予想通りウタカタの仕業である。今目を覚ますまで意識を失っていたとの事なので、それ以外の事はよく分からないらしい。
 一人でこの辺を彷徨いていた理由は、負傷したナターリアを帰し、アロイス達と合流する為だったようだ。

 ここまでたっぷりと時間を掛けて話をしている間、徐々に本調子を取り戻していったメイヴィスはすっかりいつも通りの調子で話をしている。

「いやもう、すいませんアロイスさん。こんなに雨降ってるのに運んで貰っちゃって」
「それはいいが……。随分と回復したな、メヴィ」
「あ、自分で歩きますよ」
「いい。怪我人に無理はさせられない。いや、治っているのかもしれないが」

 ――理解の範疇を超えた事が起こり過ぎて今更のような気もするが、病院へ連れて行くべきなのか?
 これが常人であれば間違いなく病院へ運び込むのが正しい判断だ。が、「諸事情」により不死になった人間を病院に運ぶのは悪手のような気がしてならない。身体を調べるような施設に運び込めば、メイヴィスの現状について多くの人物に知られる事になる。

「メヴィ、俺は今、病院へお前を運び込むつもりだったんだが。もしかしなくとも、行き先を変えた方がいいな?」
「え? 何でですか?」
「医者ではない俺でも分かる。そのケガで生きている人間は恐らくいない。医者が必ずしも善人であるとは限らないだろう? というか、何なら他のメンバーにも話さない方がいいと思うんだが」
「あー、でも確かにブルーノさんが人に知られないようにしろって前に言ってました。えっ、じゃあ私、これから先大怪我して病院へ行く事も出来ないって事に?」
「……どうだろうか。だが、現状において医療機関へ行くのは……良く無いな。もっといえば悪いとも言える」
「え、じゃあ私、このままギルドに戻りますね」
「それはもっとマズいな……。メヴィ、お前は一旦自宅に戻れ。送ろう。その足で俺はギルドに戻り、今の状況をマスターに伝える。それが一番だろうな」
「わ、分かりました。あ、家くらい一人で帰れますよ!」
「自分の恰好を見てくれ。軽くスプラッタだ。その恰好で町中を歩けば騒ぎになる。町へ入る前にもう一度ローブを掛け直すから、大人しく運ばれてくれ」

 眼下には町が見え始めている。人間を荷物のように運ぶのは申し訳無いが、お化け屋敷から抜け出して来たかのような恰好のメイヴィスを一人で歩かせる訳にはいかない。あくまで荷物を運ぶように、人目に付かないように目的を完遂する必要がある。
 しかも、彼女の自宅が町のどの辺にあるのか分からない。口頭で地図を聞き出し、その後は一切彼女の助けを借りず、彼女の自宅まで彼女を運ぶ――

「――久しぶりにこんなに込み入った仕事をする事になったな。師団以来だ」
「す、すいません……」
「何にせよ、お前が無事で良かった。不謹慎かもしれないが……お前がそういう体質だった事に感謝したいくらいだ」
「ふわっ!?」

 久しぶりに聞いた形容し難いメイヴィスの奇声に小さく笑う。そういえば、ギルドへ来たばかりの頃は彼女の奇怪な行動に首を捻る事も多かったように思う。今思えば、多少の人見知りによる発作だったのだと分かるが。