2話 泡沫に咲く花

04.今回の緊急クエスト


「よし! では、今回集まって貰った事情を説明しよう!!」

 急いではいるようだが、しっかりと説明するつもりはあるらしい我等がギルドマスターはそう言うと、資料を片手に話し始めた。こんな所に集められて、事の次第を説明されるのはおよそ初めてと言える。いつもとは違った雰囲気に、集まった一同の間に緊張が広がっているのが見て取れた。

「まず集まって貰った理由を端的に表すのであれば、緊急クエストが発生した。お察しの通り、今ここにいるメンバーで現場へ向かって貰う。ただ、今回は少々特殊な事態になっている!」
「特殊な事態、ですか?」

 ヒルデガルトが首を傾げた。うむ、とオーガストが大きく頷く。

「起きたトラブルにより、小さな村が丸々1つ全滅してしまった。」
「村が!? えぇっ……、そんな大事件、私が行って力になれますかね……」

 役立たず代表という自覚はあるメイヴィスは悲鳴にも似た声を上げるが、オーガストは笑ってそれを受け流した。もっと真面目に検討してはくれないか。涙ぐんでいると、ヘルフリートが困ったように笑いながらフォローしてくれた。

「落ち着こう、メヴィ。俺達は結構前にプロバカティオの討伐に行ったじゃないか。あの時も依頼書には記載が無かったが、ぶっちゃけ村は全滅だった」
「そういう言い方良くないですよ、ヘルフリートさん! 事前にそういう説明があるのと無いのじゃ、小市民にとっての心構えが変わってくるんです!!」
「そ、そうか。ごめん……」
「話を戻して良いだろうか?」

 急いでいるのにとんだ茶番を繰り広げてしまった。オーガストに謝罪する。

「村が全滅した原因についてだが、私も現場を昨日時点で一度見に行って来た。そうだな、ウタカタの仕業によく似ているだろう」
「ああ、だからメヴィが呼ばれたのか」
「そうだな。とはいえ、本当にウタカタの仕業かどうかに関しては憶測でしかない。その調査も含め、原因を取り除くのが今回のクエスト内容だ。既に被害に遭った村の住人が全滅しているので避難誘導は必要ない。悲しい事だが」

 ウタカタ――以前にも一度、それを退けた事がある。効果範囲内にある水の届く範囲全てのものを泡と同じ強度に書き換えてしまう、恐ろしい神魔物だ。当然ながら神魔物なので完全に殺す方法は無い。今回もウタカタの仕業という事であれば、それを退けるだけの話になってしまうのだろう。
 ナターリアが不意に口を開く。最早、猫は被っていなかった。

「ちょっと聞きたい事があるんですけど。ここ数日、ずっと雨の予報ですよ? 止んでからクエストを開始した方が良いのでは?」
「ううむ、確かに君の言う事は正しい! だが、雨である以上、二次被害を防ぐ為にも出来るだけ早く解決しなければならない! 色々気に掛かる事もある! しかし、私としては君達の安全が一番だ! よって、クエストの進行具合は君達に任せる!! どうしても雨が上がってからが良いのであれば、私からそれを止める事はしない。ただ、急いでいるという事だけは伝えさせて貰うが!!」
「では、雨が上がってから動き出しても構わないって事ですね?」
「そうなるな。……真面目な話、ウタカタの被害とは限らないのだよ。何せアレは神魔物。そうホイホイと周辺に現れては堪ったものじゃない。雨とは無関係の可能性もある。だから、まずは入念に調査をしてから乗り込んで欲しい」

 ――何だか今日は歯切れ悪いなあ、マスター。
 いつも1か0か、という竹を割ったような性格の持ち主だ。今回はあまりにも核心を避けるような言葉ばかり選んでいるのが、実に不気味である。隠し事をしている、と言うより本当は調査に行かせたくないが渋々といった所か。

 が、やはり今日のオーガストは非常に急ぎだった。手早く調査地である村の場所を伝えると早々に去ってしまったのだ。
 任せる、と言われた面子で顔を見合わせる。

「えーっと、じゃあまずは、調査から開始すればいいって事ですかね……?」
「そうなるな。前回はメヴィ、お前の氷結系マジック・アイテムが役に立った。今回も力を借りる可能性がある」

 前回、というのは文字通り前回のウタカタ戦についてだろう。アロイスは穏やかな顔をしている。急いでいるのはマスターだけだし、あまり危険な事をさせたくないと言っていたオーガストの意思を汲んでいるようだ。
 ナターリアが心底不安そうな顔で呟く。

「え、まさか、本当にウタカタじゃないよねっ!? アイツ、マジ恐いんだけどっ!!」
「蓋を開けてみないと何とも言えないな。一先ず調査に行った方が良さそうだ。それでどうでしょうか、アロイス殿」
「ああ。そうしよう」

 まずは現場へ向かい、オーガストの言葉に従って調査を開始する事になった。久しぶりの集団行動になるが、上手く動けるだろうか。不安は尽きない。
 会議室から出て行こうとしたナターリアの背を追おうとしたが、そこでアロイスから軽く肩を叩かれた。驚いて振り返る。

「どうしました、アロイスさん?」
「ああ、今回のクエストについてなんだが……。その、少しだけ嫌な予感がする。無茶は控えるようにしてくれ、メヴィ」
「嫌な予感? わ、分かりました」

 アロイスの嫌な予感など当たる気がしてならない。恐ろしい宣告を聞いたような気分になったメイヴィスは、ひっそりと息を吐き出した。