1話 戦うためのアイテム

07.噂の魔物


 話をしながら、丁度小川に差掛かったところだった。

「――ん? 今、目の前を何か横切らなかった?」

 残像しか見えないような速度で、メイヴィスの目の前を何かが横切ったのだ。横切った事そのものは分かったが、自分のような非戦闘員では目で追う事すら出来ない。

「メヴィ!? それ、血が……!!」
「えっ」

 ヒルデガルトの驚いた声に、こちらが逆に驚く。スッと野生のケダモノモードへと突入したナターリアが手鏡を渡してきた。そして、彼女自身の頬を指さす。

「何かザックリ切れてるよ。顔は女の命、大事にしないと」
「うわ! ほ、本当だ! 怪我に気付いたら急に痛くなってきた……!」

 成る程確かに、真横に一文字。真っ赤な裂傷が刻まれているのが分かる。血がたらりと流れて来てはいるが、そう深く切った訳では無いだろう。血がしぶいている訳でもなく、ゆっくりと溢れ出て来ているのが見て取れる。
 間違いなく先程、目の前を横切った何かの仕業だ。魔物の類いだろうか、何はともあれ姿を見ないと――

「捕まえた!」

 シャッと、再度何かが横切るのを視界の端で捕らえた、と思いきや同じくらいの速度でナターリアの意外と華奢な手が伸びてきた。その手で何かを鷲掴みにする。流石は獣人、人間と比べて動体視力が非常に優れている。

「流石です、ナターリア! さあ、犯人はどんな魔物でしょう」
「何だか魚みたい。でも、見た事無い魔物だなあ」
「エアフィッシュじゃない? 生臭いなあ」

 鷲掴みにしたナターリアの握力で半分潰れたそれ。ベースは確かにエアフィッシュと呼ばれる魚にも似た魔物だ。昆虫の羽に似た薄いそれを6枚生やしているところは全く同一。
 ただし、エアフィッシュには見られないパーツが1つだけあった。背中に咲き誇る、大輪の花である。その辺に生えている草花よりも大振りの花が凜然と咲き、芳香を漂わせている。何故だろう、鼻に付くようなその芳香は、どこかで嗅いだ事がある気がした。

「何だか、魚の部分が花に寄生されているようにも見えますね」
「確かに」

 ヒルデガルトの言葉は正鵠を射ていた。エアフィッシュ(仮)の体外から茶色の根が、共存と言うには支配的に巻き付いているのが見える。まるで魚の養分を花が吸っているかのようだ。
 それに――この花弁、どこかで見た気がする。どこだっただろう。結構前なのは間違いないが、いつだったか。ギルドでの生活はいつだってイレギュラーに満ち溢れていて、非日常の中に埋没する非日常を見つけ出すのは簡単ではない。

 それもいいけれど、とナターリアがつまらなさそうに呟く。

「確か、イェオリから魔物の記録を取って来てって頼まれてたよね? あたし、記録の取り方なんて知らないけどどうするの?」
「私も同じくですね。うーん、安請け合いしてしまいましたが、具体的にどうすればいいのか聞いておくべきでした」

 ここで、イェオリからの依頼により記録媒体のマジック・アイテムを多く作り出してきたメイヴィスは口を開いた。

「いや、ちゃんと私が記録する為のアイテムを持っているから大丈夫。まずは外見を写し取ろう」
「さっすがー、メヴィはこういう細々した事に使えるから好きだよっ!」

 というかイェオリも彼女等に魔物の記録を期待してなどいないだろう。どちらかと言うと、自分へ向けた依頼だったに違いない。とはいえ、勘違いだったら恥ずかしいので積極的にその事実を暴露しようとは思えないが。

 ――不意にナターリアが周囲を見回した。唐突に空気がピンと張り詰める。それは、ヒルデガルトも同じだった。態度の急変にメイヴィスは驚いて手を止める。

「まだまだ居るみたいだね。メヴィはそのまま記録取ってて。あたしとヒルデで、残りの魔物もお片付けしちゃうからさ!」
「あ、ホント? じゃあ、私は私の作業をしておこうかな」
「ええ。我々にお任せ下さい」

 頼もしい2つの背中を見送る。何て頼りになる戦士達だろう。アロイスが居る時もかなり楽をさせてもらっているが、今回も楽が出来そうだ。本当にお二人さまさまである。