08.魔物学者への手土産
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見た目通り、全く強く無いその魔物は当然の如く戦闘特化組2人で片付けてしまった。こちらは記録媒体に記録を取るだけでよかったので、楽が出来て何よりである。
しかし、最近は本当に誰かに護られてばかりだ。そのくせ、外で採れる素材が欲しいので危険に突っ込んでしまう。このままではいけない気がするが、今まで戦闘は専門外だったので今更戦えるように自身を改造するのは些か難しい事だった。
――ギルド在中の身として、本当にこれでいいのか? 人の足を引っ張るだけ引っ張り、趣味でもあり生涯学習でもある錬金術に没頭する事が果たして本当に正しい事なのだろうか?
そもそも錬金術とはこういった戦闘行為や日常生活をより簡単に、効率化する為に存在している。それなのに素材集めも一人じゃ出来ないどころか、人の足を引っ張るのでは本末転倒。自らを変える努力が必要なのかもしれない。
「メヴィ? どうしたの、ボーッとしちゃって! 魔物退治、終わったよっ!」
きゅるんっ、という効果音が付きそうな感じで猫を被り直したナターリアが顔を覗き込んで来る。ハッと我に返り、愛想笑いを浮かべた。深く考え込んでいたのを誤魔化したとも言う。
「2人とも有り難う、楽しちゃったよ」
「構いませんよ。ところで、1匹捕まえてきましたが、どうしますか? 持って帰りますか?」
「えっ」
見れば、ヒルデガルトがエアフィッシュもどきの尾を摘まんで持っている。しかも、半殺しレベルなのか弱々しく藻掻いているのも伺えた。何て事だ、記録を取った意味が無くなってしまった。これをイェオリに献上すれば全て完了である。
仕方無いので記録媒体を全てローブの中に仕舞い、代わりに検体持ち帰り用のミニ水槽を取り出す。中身の水が溢れてしまわないよう、しっかりと上蓋が閉められる優れものだ。
「じゃ、じゃあこれに入れて持ち帰ろう。いやあ、流石……」
イェオリへの提出物はこれだけで十分だろう。
水槽に入れられた弱っている魔物をまじまじと観察する。水中を飛ぶように泳ぐ姿はまさにエアフィッシュそのものだ。ただし、背中に咲いた花の異物感が凄まじい。後から付け足したかのようだ。
「どこにでもいる雑魚魔物に見えるよねー。普通にエアフィッシュだよっ!」
「ええ……。しかし、魔物の解明はイェオリ殿に任せましょう。素人の我々が憶測を並べたところで答えは出ません」
「それもそうだね」
水槽をローブの中にしまう。今思うがこのローブ、ここ最近で一番使えるアイテムを生み出したんじゃなかろうか。
「――ヒルデ? 何だか悩んでるの?」
「いえ、ナターリア。実は、その、今になって先程のエアフィッシュらしき魔物の背に生えていた花が……どこかで見た事があるような気がしてしまいまして」
「そういう現象あるよねっ! 何かアレ、初めて見たはずの場所とかに懐かしさを覚える現象!」
「デジャビュの事かな?」
「それそれ、流石メヴィ!」
一般常識的な知識で褒められた。しかし、これは恐らくデジャビュの類いでは無く本当にどこかで見た事がある可能性が――
今日は色々と考える事が多いな、頭の隅でそう呟きながら思考に耽っていた時だった。緩んでいた糸が張り詰めるように、ピンとした空気を唐突に放つヒルデガルト。彼女のオンオフの切り替えはあまりにも分かりやすい。
「煙弾が上がっていますね。シノさん達に何かあったのかもしれません」
「わぁ、大変っ! 取り敢えず2人を救出しに行かなきゃ!」
渡した煙弾が上がるのを見て、デジャビュについての思考が一旦中断される。職人しかいない向こうのグループは大丈夫だろうか。早く救援に行かなければ。
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ようやく救援の煙弾が上がった地点に到着した。遠くは無いのだが、とにかくナターリアとヒルデガルトの足が速い。異様に疲れてしまったが、シノ達に何かあっては事なので頑張った。とはいえ、根性論ではどうにもならない身体能力の差を見せ付けられた訳なのだが。
「わぁっ……! 何あれ!」
着いた途端、思わずメイヴィスはそう口にした。
目の前にはシノとグレアムが魔物と交戦しているのだが、先程自分達が対峙したエアフィッシュ(仮)よりずっと大きなエアフィッシュが鎮座していた。もうそのまま、サイズだけ規格外に大きくしたようなもので雑な見た目をしている。
しかし、動きの速さは一級品。あの小さな魚に比べれば劣るが、それでも戦闘慣れしていない者からしてみれば高速で動いているには違いない。
その巨体に2人は苦戦しているようだった。致命的なダメージを受ける事も無いが、逆に決定打も与えられない。平行線を辿っている。