06.間借り工房
「というか、イアンちゃん鍵っ子なの? 危ないから回りをよく見て鍵の開け閉めはするんだよ」
「はあ……。お気遣いは無用です」
心底鬱陶しそうにそう言った彼女は溜息まで吐いた。確かにあれだけ魔法が使いこなせれば恐いものなど何も無いだろうが、不意討ちで襲いかかって来た強盗にイアンが対処出来るとはとても思えない。
メイヴィスはそう伝えたかったが、どうやら上手く伝わらなかったようだ。今度、彼女の親御さんにでも進言しておこう。気を付けるようにと。
屋敷の中は高そうな家具に高級そうな置物など、とにかく贅を極めたかのような室内となっていた。そりゃ、札束をポンと出してくる男の邸宅だ。これだけ迫力があってもおかしくない。
スポンサーの顔を思い浮かべながら妙に納得し、頻りに頷く。ただ気になるのは、調度品の数々はあるというのに不思議と生活感があまり無い事だ。まるで物置みたい。
それを見ていた魔女が不意にイアンへ訊ねた。
「そういえば貴方、食事なんかはどうしているのかしら? 外で食べているの?」
「いいえ。私のような子供が外を遅い時間に彷徨いていては、自警団を呼ばれてしまいますので。食事時の決まった時間に侍女が屋敷へ来ますよ」
「それもそうね」
イアンがインスタント系統の食品を摂っているところは全く想像出来ないが、お手伝いさんが自宅に通っている事に関しては異様に似合っている。やはり貴族の子は貴族という事か。
ところで、とアロイスが小首を傾げる。
「魔法の使用はどこでするつもりだ? 見た所、この場で大規模な魔法を使えるとは思えないが」
「意外とせっかちなんですね。心配には及びません。この家には地下があります」
「成る程。工房のようなものか」
「ただの広い空間ですよ」
そう言ったイアンはリビングの端で立ち止まった。その視線の先には分かり辛いが、床にドアのようなものが見える。見た目だけの判断だが、非常に重そうなドアだ。果たしてイアンに持ち上がるだろうか。
その心配は杞憂に終わった。イアンが指を曲げ伸ばしすると、あっさりドアが開いたからだ。何らかの魔法ではあるが、ショートカットを多用しすぎて何の魔法だかも分からない。
更に階段が暗いので指を鳴らす動作だけで光球を発生させたイアンは何事も無かったかのようにこちらを見る。
「さあ、行きましょうか」
***
階段を下り、真っ暗な室内にイアンが再び明かりを灯す。広がる室内の風景に、メイヴィスは目を白黒させた。
どことなく、スポンサーやイアンには似合わない内装だったからだ。家具は明るくもシンプルな物が多い上、馴染みのある安っぽいそれが配置されている。確かに魔法を頻繁に使う場所に高級な家具を置いてもうっかり壊してしまうだけなので間違ってはいない。
間違ってはいないが――とにかく彼等には似合わない。家具の明るさも違和感に拍車を掛けている。
思わず首を傾げていると、その疑問が伝わったのか、それともただの偶然か、イアンがポツリと呟く。
「地下の工房は、私やお父様よりルーファス師匠の方がよく使うようですね。また知らない物を勝手に設置して……」
「ええ? ルーファスさんって、あなた達とは特に血縁関係じゃないんだよね?」
「はい。彼は私の師であり、父の友人です」
――人の家で好き勝手し過ぎでは?
地下工房を勝手に私物化する父の友人。響きだけでも何とも言えない気持ちになってくる。
それで、と部屋の中心に立った小さな魔道士が淡々と言葉を紡ぐ。
「範囲結界でしたね」
「そうそう。ごめんね、変な事で実演してもらって」
「いいえ。この間はお世話になりましたから。ところで、あまり長持ち出来る魔法ではないので、1回で終えたいです。打ち合わせをしませんか」
「あ、そうだね。大変だからね」
トコトコとイアンに歩み寄る。多大な魔力を使って貰う事になるのだ。テイク1で終わりにしないと、さらなる迷惑を掛ける事になってしまう。
「ではまず、結局の所、最低何分保たせれば良いのですか? 流石に1時間などと言われると難しいですが」
「何だか頼もしいなあ。まあ、えーっと、1分あれば十分かな。今日はドレディさんも居るし、私一人じゃなければすぐに終わるはず。その辺どうですか、ドレディさん」
基本的に魔法の事はほぼ彼女に手伝って貰っている。ウィルドレディアが是と言えば是。
妖艶な双眸をこちらへ向けた魔女は微笑むと一つ頷く。オッケーらしい。
「問題無いわ。私の出番のようね」
「はい、お願いします」
今回はいつも以上に大量の魔力を扱う事になる。錬金術ならばともかく、魔法の扱いは通常の魔道士より劣ってしまう自分に、魔力操作は厳しい。であれば、扱いに長けたウィルドレディアにお願いした方が効率的だ。