8話 真夜中の館

05.肝の冷える道中


 誰よりもイアンの出現を渇望していたであろうウィルドレディアをちら、と顧みる。彼女は少しだけ驚いたような表情をしつつも、しかしどこかで納得しているかのような不思議な顔をしていた。

「メヴィ、まずはイアンに状況を説明したらどうだ」

 アロイスの言葉でハッと我に返る。そうだった。本来の目的は魔女と天才魔道士の邂逅を見守る事ではなかった。
 慌てて今現れたイアンに事情を説明する。終始ピリピリした空気を放つルーファスは心底恐ろしかったが、こちらの目論見や目的に対し物申す事は終ぞ無かった。

 全ての事情を聞き終えたイアンは鷹揚に首を縦に振る。その仕草が驚く程スポンサー様に似ていた。

「分かりました。私で良ければ力になりましょう」
「まあ、そうなるかな。既に用意された術式を起動させ、維持するのなら僕よりイアンの方が適任かもしれない」

 意外にもそう言って賛同の意を示したのはルーファスだった。複雑な感情が綯い交ぜになった空気を前面に押し出してはいるが、効率重視らしくウィルドレディアの件については聞かなかった事を貫くつもりらしい。

「師匠はどうしますか?」
「ああ、僕は適当に過ごすよ。イアンの事は終わったら返しておいておくれ」

 ひらりと手を振った賢者はそのままふらっと人混みに紛れて消えてしまった。現れた時も唐突だったが、去る時もまた唐突だ。
 一方で、師匠の行く末など微塵も興味が無いイアンが早々に仕事の話にシフトチェンジする。

「範囲結界の持続の依頼、でしたね」
「ああうん、そうなんだよね。発動までは出来るって人、結構多かったんだけど。持続させるのは難しいって事で良い人を捜してたんだよ」
「昼のフィールドを夜に変える結界……。現界まで維持出来て10分弱といったところです。ただまあ、待つ気があるのなら私がもっと成長した10年後くらいに出直してくれれば倍は保たせますよ」
「いやいや、3分あれば十分過ぎる程十分だからお気になさらず……!!」

 あんまりにも自信満々なイアンを見て謎の安心感が湧上がってくる。子供の言う事を真に受けるなんて馬鹿らしいとも思うが、実力の伴う彼女ならば何とかしてくれそうな気がする。
 ところで、とそんな天才魔道士は僅かに首を傾げた。

「私は良いけれど、貴方はどうやってその結界を持続させるのですか? 人の事を言えるものでもありませんが、《真夜中の館》だなんて。人間業では到底為し得ないようなオーパーツかと」
「あー、うーん。発動さえしてしまえば、後はどうとでも出来るネタがあるんだよね。けれど、迂闊に口にしちゃいけない気がするから深くは聞かないで欲しいかな」
「そうですか」

 そもそも魔道に関しては完成された個体と言えるイアンは、それ以上マジック・アイテムについて関心を示さなかった。召喚術のショートカットなどに関しては積極的だが、自身が使う必要の無い事象においては無関心。天才の卵とはやはり感性からして違うものらしい。

「ところで、流石に帝都のど真ん中で魔法披露会をするのはどうかと思うので、私の屋敷にでも移動しますか」

 ***

 結果的に言えば、移動の道中の方が肝を冷やす事となった。
 ルーファスがいなくなった事で、ウィルドレディアがイアンに声をかけ始めたのだ。ただ、それそのものは何ら問題が無い。問題は会話のヒヤヒヤする内容だ。

「イアン、貴方、西の方に住んでいるの?」
「そうですが……。何故それを」
「いいえ、何でも無いわ」

 イアンは怪訝そう且つ不審そうな顔をしている。当然だ。一方で、魔女の方は少しだけ楽しげな色を滲ませている。
 そんな恐ろしくなってくる会話を数回繰り広げた頃だった。ようやっとイアンの屋敷に一行が到着したのは。

「これは、高級住宅街ってやつですよね。アロイスさん」
「ああ、そうだな。貴族とまでは言わないが、金を持った人間が住む場所だ」
「私には無縁ですね」

 錬金術によって生み出された化学スモッグなんかで、隣人からクレームを付けられるところまで想像したメイヴィスは頭を横に振る。いけないいけない、あり得ない生活に思いを馳せるのは心に毒だ。
 そんな住宅地に建つ屋敷の中、一等大きな屋敷の玄関へ入ってくイアンを慌てて追いかける。彼女は慣れた足取りで前庭を抜け、あっさり玄関まで歩を進めた。立派な庭があると言うのに見向きもしない。
 鍵を2つ取り出した彼女はさっさとドアを開け、中へと入って行く。