8話 真夜中の館

04.歓迎できない出会い


 蓋を開けてみれば、門はあっさり通り抜け出来た。一瞬だけ門番がこちらをちらっと見たくらいで、別段声を掛けられる事も無く。
 灰色の町を見ているとアロイスが訊ねる。

「それで、どこへ行けば良い?」
「そうね。取り敢えず、私が勤務していた時の家に行ってみましょうか」
「そうは言うが、それは『未来的な』話なんだろう?」

 少し急いでいるのか、騎士サマは眉根を寄せた。やはり、表立っては口にしないが少しばかり苛立っているのかもしれない。早々に用件を済ませて立ち去った方が良いだろう。

「アロイスさん、取り敢えずはドレディさんの言う通りにしましょう。私達は地理もよく分からないし」
「それもそうだな、少し急いていたようだ。すまない」

 謎の謝罪をされてしまった。それを受けてメイヴィスもまた、首を傾げているとウィルドレディアが何事も無かったかのように言葉を紡ぐ。

「じゃあ、出発しましょうか。こっちよ。この辺、あまり変化が無いもの」

 ***

 捜す事数十分。
 どうやら魔女サマは自宅の場所こそ知っていても、『知人』の家が具体的にどこにあるのかは知らないようだ。同じ場所をグルグルと回ったりしながら、精密に1本1本の通りを確認していく。
 しかし、そんな地道な作業はとある人物の乱入によって遮られる事となる。

「あれ? 君達がここにいるのは珍しいね」

 聞き覚えはあるが、メジャーではない声。ハッとして顔を上げると、イアンの師匠もといルーファスの姿があった。まるで旧知の仲であるかのように気安く片手を振っているのが見て取れる。

「ルーファスさん、こんにちは」
「メヴィ、知り合いかしら?」

 すかさず訊ねてくるウィルドレディアに、知り合った魔道士の少女のお師匠である事やら、スポンサーとの関係を教える。彼女は頷くと、そのまま何も首を突っ込まない傍観の姿勢に入った。
 それを見て鷹揚に頷いたルーファスが用件を切り出す。

「特に僕から君達に用事があった訳ではないだけどね。見知った顔が、自宅付近を彷徨いていたようだから道にでも迷ったのかと思って、声を掛けたまでさ」
「あ、ルーファスさんにもそういう良心とかあるんですね」
「今日尖ってないかい、君。ああでも、そうじゃなくてはあの親子の相手なんかしていられないかな」

 イアンとスポンサー様の事だろうか。親子と言って出て来るのはそのセットと、ギルドのマスター親子だが前者で間違いないだろう。
 ともあれ、ルーファスの親切な言葉に口火を切ったのは黙っていたウィルドレディアだった。

「人を捜しているの」
「おや、そうだったのかい。名前は?」
「イアン・ベネットよ」
「……え?」

 瞬間、空気が凍り付くのを見た。まずそもそも、伝えていないはずのイアンという名前が出て来たのにも驚きだし、それを聞いたルーファスから表情が消えたのも恐怖を増長させた。
 変な空気になった事に気付いたのか、魔女様その人もやや困惑した顔をしている。大事になるような事を言ったつもりはない、とでも言いたげだ。
 ごほん、と態とらしく咳払いしたルーファスがいち早く我に返る。

「えーっと、イアンに何か用かな? 生憎、僕は君の事を知らないし、イアンにそんな大きな友達が居たなんて初耳だけれど」
「それはまあ、そうでしょうね」
「第一に、何故ベネット姓を……どこから……。え、メヴィ、彼女に何か教えたのかい?」
「い、いえ……」

 まずい空気だ。それを緩和するべく、メイヴィスは口を挟む。どう見ても他人同士のルーファスとウィルドレディアのギクシャクした会話を見るのは胃が痛い。

「えーっと、ルーファスさん。私達は人捜しをしているんですけど、捜している理由は範囲結界を張れる人が必要だったからです。つまり、その、えーっと、別にイアンちゃんじゃなくても……」
「成る程、結界が張れるなら僕でも構わないって事か」
「まあ、そうですね」
「ふーん、色々気になる事はあるけれど、君のサポートはジャックの指示だ。僕で良ければ手を貸すよ。と言っても、ご期待に添える可能性は限りなく低いけれど」

 不意にアロイスの視線がルーファスの遙か後ろに向けられた。何となく、いつもの癖で彼の視線の先を手繰る。

「あっ……!」
「皆さんお揃いで。どうかしたのですか」

 外見は幼く見えるのにしっかりと大人びた口調。どこか冷め切った態度、こんな子供たくさんは居ないだろう。聞き覚えがあり過ぎるその情報に、メイヴィスは顔を青ざめさせた。
 今出て来ると話がややこしくなるに違いない人物――イアンの姿がそこにあったからだ。ルーファスも先程唐突に降って湧いた疑問に気を取られていたからか、彼女の出現に一拍遅れて気付く。