6話 烏のローブ

06.ウタカタ


 両手に氷魔法を閉じ込めたマジック・アイテムを2つずつ持つ。記念すべき1つ目を、足場となる場所へ放った。強度を確かめるようにアロイスがそれに足を掛ける。地面がぬかるんでいたお陰か、思った以上に氷の足場は強度があるようだった。

「良いな。この調子でウタカタとの間合いを詰めるとしよう」
「何か、あたし達、ぶっちゃけ要らないみたいなんでここで待機していて良いですかっ!?」
「え。何を突然……」

 ナターリアの思わぬ発言にヘルフリートが訝しげな顔をした。しかし、獣人のとんでもない握力で肩を掴まれた彼はあえなく閉口する。そんな様子にはまるで気付かず、アロイスは鷹揚に頷いた。

「ああ。我々に何かあれば、ギルドにはお前達が伝えてくれ」
「了解でーっす!」

 ナターリア達と別れ、アロイスと氷の道を進む。魔法発動準備を整えては彼にアイテムを渡し、また新しく魔法発動準備を整える。というベルトコンベアのような作業だ。
 あまり会話もなくその作業を続けていたのだが、不意にアロイスが口を開いた。

「メヴィ、お前はギルドに永住するのか?」
「えっ!? ぎ、ギルドにですかっ!?」
「何をそんなに驚いているんだ……? いや、錬金術師としての腕を磨く為にギルドに所属しているんだろう? だが、ギルドにずっといた所でそれは上達するものなのか?」
「と、唐突ですね。んー、あまり考えた事は、その、無いんですけど……。私程度の人間じゃ、日銭を稼ぐので一杯一杯で。結果的にギルドに依存しちゃってるんですよね」
「ああ、そういえばそうだったな」
「あの、えーっと、どうしていきなり、そんな事を?」

 口を噤んだアロイスは一拍おいてぽつりと呟いた。

「いや、丁度俺も、そろそろ移動しようと思っていてな。お前は将来的に国に必要な錬金術師になる事は間違い無いし、望むのなら護衛ついでに隣街にでも連れて行ってやろうと思ったんだが……余計な世話か」

 ――ええっ!? うわ、それは是非とも着いて行きたい!!
 思わぬ申し出に言葉を忘れた。が、金銭問題が解決しないのでその話はお流れになるだろう。それより、もっと気に掛かる事がある。

「移動? って、え、もうギルド辞めちゃうんですか?」
「そうなるな。一カ所に留まるのは落ち着かない。金銭問題か……本来は国が援助すべき事だが、俺はもう王城とは無関係の人間だからな。いや待てよ。確か、例のローブは完成したと言っていたな?」
「あっ、はい」
「報酬を貰える可能性――ここが当たれば可能か……」

 ふと思ったが、この人、恐らく自分が断られる事を想定していない。いや、なかなかに図太い神経だし本当に旅に出られる資金があるのならば是非とも同行したい次第ではあるが。
 一人で考え込み始めたアロイスがさらにぶつぶつと物騒な事を口走る。

「いや、そもそも錬金によって生み出されたアイテムは……裏オークションで取引が――」
「あの、アロイスさん?」
「待て。金を稼ぐ方法を捻出している。裏オークションなど、俺が師団にいた時代は断固として認められないが、最悪それも止む無しか」
「お、落ち着いて……!!」

 そうこうしているうちに、ウタカタは目前に迫っていた。ここからなら、アロイスの腕力を以てすればウタカタをマジック・アイテムの範囲圏内に入れる事は容易いだろう。それに気付かない訳では無いアロイスの手に最後のアイテムを乗せる。

「まずは目の前の神魔物をどうにかすべきか。魔道士の数がもっといれば、簡単に終わっていただろうにな」
「そうですよね。どうしてわざわざ、人が一番少ない早朝に……偶然の力って怖いですね」

 軽くアロイスがそれを投げつけた。と同時に氷の床を蹴る。
 アイテムが着弾、爆発するように氷の範囲が広がった一瞬後にウタカタへ到達した騎士が、それを斬り砕いた。
 粉々になったウタカタがそのままバラバラと崩壊する。その氷に彼女がまだ閉じ込められているのかは定かではないが、試しに川の水に触れてみたところ、強度は通常時に戻っていた。

「成功、しました?」
「そのようだな。お疲れ、メヴィ。ギルドへ報告しに戻ろう」