05.アイテムボックス
這々の体で、もっと言えば注意に注意を重ねてようやく鋪装された道へと帰り着いた。ズキズキとほんの少し引っ掛かるような、知らなければ見過ごしてしまうような微かな痛みが全身に奔っている。
細心の注意を払ったつもりだったが、それでも身体にある程度の傷が出来ているらしい。何て恐ろしい魔物なのだろうか、ウタカタ。
「治癒マジック・アイテム持ってますよ。傷口から菌なんかが入ったら良くないし、使いましょうか?」
「最後が良いかもしれないな。この後もウタカタと戦うかもしれない」
「だ、大丈夫ですよ、今日は私が持っているアイテムを全部持ってますから!」
「はは、それは頼もしいな。ローブの恩恵か」
淡い緑色の光を放つガラス玉。中に魔法が閉じ込められたそれを使用すると、目に優しい色の光が漏れ出て小さな傷をあっという間に治した。大怪我は流石に治癒術師を頼らなければ素人では止血すらままならないが、かすり傷擦り傷程度ならお茶の子さいさいというものだ。
「で、これからどうするんですか?」
気怠そうにナターリアが訊ねる。そうだな、とアロイスが考える素振りを見せた。
「双眼鏡の類は持っていないのか、メヴィ?」
「双眼鏡ですか? んー、どうだったかな……ちょっと待ってくださいね」
普段使っているアイテムボックスという名の玩具箱に詰め込まれた全ての物を持ってきた。そう言えば聞こえは良いが、その実は中身を禄にチェックせず全ての道具を持ってきたという事にもなる。
持っていて然るべきであるマジック・アイテムの類はともかくとして、双眼鏡なぞというピンポイントアイテムは持っていただろうか。
「あ!! あ、ありました! 双眼鏡です!」
「ど、どうした、何をいきなり興奮してるんだ?」
ヘルフリートが目を白黒させているのを横目に、双眼鏡をそのままアロイスに渡す。ウタカタの出現ポイントより高い場所に陣取っているが、ここから双眼鏡で彼女の様子を探れるのだろうか。
メイヴィスの疑問を余所に、双眼鏡はすぐに返ってきた。
「その場から動く気配が無いな。雨が止むまで待て、というのは魔道士連中には酷な指示か……」
「アロイス殿、この雨は2日間降り続けるそうです。いくらギルドとはいえ、魔道士を入れ替えながら2日間結界を保たせるのは無理でしょう。王都に頼っては?」
「今から王都に救援の要請を願い出たところで、救援が来るのは明後日以降だ。それならば、多少の無理をしてでも我々で解決した方が早い」
「そうですかね……」
騎士2人の意見が割れている。国の擁する騎士団に絶大な信頼を置いているヘルフリートとは裏腹に、アロイスは腰の重さを憂いているようだ。とはいえ、王宮になど行った事も無いメイヴィスとしてはその辺りの匙加減は彼等次第、としか言いようがないのだが。
考えたんですけど、とナターリアが空気を粉砕しながら口を開く。
「ともかく、遠くからでもウタカタを氷付けにすれば言い訳ですよね? なら、あたしがここからウタカタの立っている場所までメヴィのアイテムを投擲しましょうか」
「それは――非常に頼もしいが、出来るのか?」
「まあ、マジック・アイテムがあたしにも使えるような物だったら、ですけど」
思わぬ飛び火。ぼんやりと雨空を見上げていたメイヴィスは我に返って首を横に振った。
「いや、ナタには悪いけど魔法経験皆無の人に、あのアイテムを使うのは厳しいかも」
「そうだろうか? プロパガティオの時に、アロイス殿は炎のマジック・アイテムを使えていただろ?」
「あれは、アイテムの効果を発動させた状態で渡しました。今回は飛距離が長いので、そんな状態で渡したら途中でアイテムが発動。要らない所が氷付けになると思います」
「なるほどな。アイテムも使いよう、って事か」
マジック・アイテムを作成する上で最もネックになるのが『使用者の事情』である。顧客層が決まっているのならばそこに合わせるのだが、インスタント魔法の類は魔道士より一般人の客が多い。
どのくらいの時間差で魔法が発動すればより良いのか。そもそも、魔法を囓った事すらない一般人とやらはどの程度の魔法まで説明書だけで起動出来るのか。というか、それ以前に彼等彼女等がこのアイテムを使用する事で危険は無いのか。
これらの認識のズレはアイテム作成の手を止める事になりかねない。自分だけが使うのであればそれでも良いが、悲しいかな造ったアイテムは使われなければ意味がないのだ。
「ナターリアとメヴィの話を聞いて、一つ思い付いた事がある。メヴィ、その氷魔法アイテムは幾つある?」
「え、い、いくつ!? そうですね……えー、正確な数は分かりませんけど、たくさん、あります」
「たくさん。随分とざっくりしているが、ここからウタカタの居る場所まで橋でも掛けるように道を凍らせながら進んだとして、それでもアイテム数は足りるか?」
「えっ!? えーっと、どう、でしょうね……。そもそも、私にはウタカタがどの辺りにいるのかもよく見えないんで」
「……ともかく、やってみるか。この方法が失敗すれば残念だが魔道士達には2日頑張って貰う他無いな」
――全然足りなくて、箸にも棒にもかからなかったらどうしよう。
漠然とした不安が襲い掛かってきたが、今更その不安を口にする事は憚られた。何せ、最後の作戦のような空気が漂っていて、とてもじゃないが言い出せなかったのだ。