6話 烏のローブ

07.巣立つ


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 ギルドに戻って来た。一応、直接ウタカタを討伐したのは自分とアロイス、という事でギルドマスターに報告しに行くことに。ナターリアが楽しげだったのだけは鮮明に記憶している。そして、困惑気味のヘルフリートも。あの2人、なかなか相性が良いのではないだろうか。

「あ、オーガストさ――」

 見慣れた逞しい背中、後ろからでも分かるタイガーマスクを発見してそう声を掛けようとしたが、メイヴィスの声は途中でぷつりと消えた。
 というのも、オーガストと喋っている相手がいたのだ。
 よく覚えている。忘れる事も出来ないような酷く整った顔立ち、すらりとした立ち姿。世の女性が放っておかないであろう美貌を惜しみなく晒したその人は、大量の前金を払ってくれたローブの依頼人である。

 アロイスもそれに気付いたらしく、何かを考え込むように黙り込んでしまった。この状況にどう収拾を着けるべきか。そう悩んでいると不意にこちらに気付いた依頼人が、メイヴィスを指さす。釣られてふらりとオーガストが振り返った。

「おおっ! 帰ったか!! 丁度良い、今、君が仕上げた布について話をしていたのだよ!!」
「え? あ、はあ……」

 これは素晴らしいな、と僅かに笑みを浮かべた依頼人がオーガストを押しのけて前へ出て来る。

「まさか、本当に君がオーダー品を完成させるとは思わなかったな。他の錬金術師達は一向に仕上げて来ない――それに、私としてもこれで満足だ」
「あ、はい。ありがとう……ございます」
「回りくどかったか? 君に報酬を支払う、という事だ。それとは別に、丁度君に話があったのだが」

 布を綺麗に畳んだ依頼人が笑う。

「メイヴィス、全国を回ってみる気は無いか? 君の才能はまだまだ伸びる。ギルドで一生を終えるなど、才能の無駄遣いだ。私は君に金銭を投資して良いと思っている」
「え、え?」
「勿論、依頼は私の物を優先して貰うが――それ以外の時は、君の自由にしていい。隣の大陸へ行きたいのならばそうすれば良いし、これからもギルドへ顔を出したいのならそれも構わない」
「そ、それは、私のスポンサーになってくれるっていう話しですか?」
「そうだよ。とはいえ、君の一人旅は危険だな。護衛は付けなければならないから、少し息苦しい思いをするかもしれないが」

 ちら、と世話になっているオーガストを見やる。彼は全面的に依頼人の意見に同意――というか、反論する気はまるで無いようだ。
 どうすべきか、いきなりそんな事を言われても。
 考え倦ねていると、何故か一緒に話を聞いていたアロイスが口を開いた。

「良い機会じゃないか、メヴィ」
「お前の事は知っている、アロイス・ローデンヴァルト。お前には――」
「あーあーあー! お願いしますよ、彼も私のギルドのメンバーなのですからッ!!」

 何事か言い掛けた依頼人を、オーガストがかなり無理矢理に遮る。その様子をやや困惑した顔で見つめた依頼人は小さく息を吐いて口を閉ざした。
 一方で、僅かな緊張感を纏ったアロイスは肩を竦めている。

「結局はお前の意思次第だ。ただ、護衛を捜しているのなら俺はお前に同行して構わないと思っている」
「あ、アロイスさん……!!」

 ――どうしよう。確かに、ギルドにいても錬金術師としての依頼はほとんど来ない。ならば、全国各地を周りつつたまにギルドへ帰って仕事をする、という生活の方が錬金術師としての成長は望めるだろう。
 ギルドには何の為に入っていた? 居心地が良い場所である事は事実だ。しかし、最終的な目標は錬金術師としての自分を磨くこと。であれば、ここで彼の話を蹴るという選択肢は無いのではないだろうか。

「わ、私……旅に出てみます! ギルドも楽しいけれど、楽しいだけじゃ錬金術を磨く事には繋がりませんからね……」

 満足そうに依頼人が頷く。

「そう言うと思っていた。ところで、早速次の依頼がある。隣の大陸へまずは行って貰おうか。依頼人は吸血鬼――フィリップ・ベーベルシュタムだ。何でも、日光が嫌いらしい。いつ何時であろうと夜の館を造って欲しいそうだ」
「えっ」
「よろしく頼んだ。そうだな、1週間後に大陸を移る為の船のチケットと、君の旅に必要な額を用意しよう。では」

 口早にそう言った依頼人は素早く踵を返した。オーガストが彼を送るべくそれに続く。ウタカタの討伐終了も報告出来ず、自分とアロイスだけが取り残された。

「あの、アロイスさん……その、本当に良かったんですか? 私の護衛なんかしたって、その、あなたにメリットがあるとは、思えませんけど」
「構わないさ。師団を引退してからこっち、俺もやる事が特にある訳じゃ無い。それに、旅をしながら護衛料を貰えるのは俺にとって十分なメリットになる」
「す、すいません、何だか……」
「いや、存外と楽しみにしている。これからよろしく」

 差し出された大きな手を、ゆっくりとメイヴィスは握り返した。