1話 夏の海と真珠と魚

12.見た目と人柄は必ずしも一致するとはかぎらない


 3人で浅瀬まで戻り、もう一度真珠に触れて魔法式を解除する。と、先程まで形が歪んでいるだけだった真珠は粉々になってしまった。これが代償魔法である。
 人体にこれを描き込んだ、という逸話は有名だ。
 勿論、代償魔法の代償支払いに例外は無いので魔法を使えば描いた部位が粉々になる事だろう。

 数十分ぶりの砂浜を踏みしめたメヴィは、続いてアロイスの魔法を解除する。久しぶりに会話したような気になる彼は、穏やかな笑みを浮かべていた。

「アロイスさん、その、恐ろしかった、ですね」
「そうだろうか?俺は楽しかったぞ」

 ――ええ?戦闘狂なのかな、この人……。
 何がどう転んだら一連の出来事が楽しいと思えるのか。ギルドにもチラホラいる、戦闘民族系統なタイプなのかもしれない。それはそれで美味しい展開だから良いけれど。


 ふふ、とアロイスは傍目見て分かる程ご機嫌そうな笑みを浮かべている。

「青い海、あんなに深い場所まで身一つで潜ったのは生まれてこの方初めてだ。海の中とは実に美しいものだな」
「あ、そっち!?」

 あんな凶悪な魚に絡まれて、海の美しさを語って来る強メンタル。やはり彼はギルドに溶け込む資質を兼ね備えていると言えるだろう。
 まあしかし、見た所本当に一刀で上位の魔物を斬り殺したようだったし、魔物なぞ視界にチラチラ入る塵芥のようなものなのだろう、この人にとっては。

「ところでメヴィ、剣の整備は誰に頼めばいい?」
「あ、ああ、ギルドの地下に鍛冶師が住み込んでるんで、その人に頼ればいいかと……」
「成る程、分かった」

 メヴィ、とナターリアが口を開く。すっかり彼女の存在が頭から抜け落ちていた。

「あたしはマスターに結果を報告してくるねっ!」
「あ、私も――」
「いいよ、ゾロゾロ着いて来ても邪魔だしっ!元々は私とオーガストさんのお仕事だったから、気にせず海で遊んでていいよっ!」

 言い捨てるようにナターリアが去って行った。足早どころか、最早全力疾走。こちらの事情を面白がりすぎだろう。
 残されたメイヴィスは恐る恐るアロイスの方を振り返る。今日の作戦で唯一、頭の天辺から爪先まで濡れ鼠になってしまった彼は長い髪をぎゅっと絞っていた。まるでそう、雑巾のように。

「お前は」
「はいっ!?」

 海の家で着替えて来た方が良いだろうか、と考えていたら急に話し掛けられた。上擦った声が漏れる。

「くくっ、ああいや、お前は本当に戦闘向きではないのだな」
「ま、まあ、そうですね」
「ナターリアがあの変な構えをしていた理由は?」

 ナターリアが思い描いていた計画を、そのまま話して聞かせるとアロイスは笑みを深くした。

「無茶な事をするな」
「あ、の……。海に潜っていた時、していたジェスチャーの意味は……?」
「ん?ああ、海が綺麗だという事を伝えたかった」

 ――はい、みんな大外れ!
 この人海に入った瞬間から、海の事しか考えてなかったのか。あれ、もしかしてこの人実は相当抜けているのでは?
 ところで、と髪を絞る事を諦めたらしいアロイスと目が合う。少しばかり慣れてきたと思われたが、途端に心臓が変な音を立て始めた。

「今日はお前に助けられた。折角の縁だ、お前の才能を潰すには惜しいし、クエストへ行きたい時は俺を誘うと良い。今日の一件で証明出来たと勝手に自負しているし、自分で言うのも何だが、俺はそれなりには強い。遠慮なく声を掛けてくれ。快適なクエスト生活を提供しよう」
「え、あ……」
「人見知りだと言っていたな。勿論、お友達も誘うといいさ」

 そう言ったアロイスは綺麗な笑みを浮かべている。
 ――ごめんなさい、アロイスさん。レアカード過ぎて、簡単に声、掛けられないです……。
 心中とは裏腹に、引き攣った笑みを浮かべたメイヴィスはうんうん、と頷いた。声を掛ける勇気があるかどうかは別の話である。