2話 花の咲く家

01.騎士の皆々様


 ――私は今、カツアゲされようとしているのかもしれない。
 いつもの平和なギルドの一角。ただしそれは全体的に見た総評であり、メイヴィス・イルドレシアの周囲は平和とは程遠い惨状が広がっていた。

 視線をちらと上げて、ちょっとドリームヘブンにでも逝ってるとしか思えない光景を、もう一度直視する。
 まるで行く手を阻むかのように立ち塞がる3人組。1人は海でのボランティア活動以来、見掛ければ挨拶くらいはするようになったアロイス・ローデンヴァルト。常日頃から表情が少しばかり読み取りにくい御仁であるが、当然の如く今日も今日とて思考は読めそうにない。

 彼はまあ、良い。何か用事があったのだろうと前向きに考えられる。
 しかし残りの2人――顔しか分からない男女は駄目だ。ギルドでチラチラ見掛ける、少しばかり目立つ彼等。アロイスとの繋がりは一つだけだ。

 3人とも元、または現騎士である事。

 超人的な彼等彼女等は鍛錬と称してギルド裏で手合わせをよくしており、互いが互いに顔見知り。切磋琢磨し合う仲なのである。
 アロイスを眺めていたので知っている、彼等はそこそこ仲良しで情報を共有している事を。

「あのぉ……何か、御用で?」

 騎士が3人も揃うと圧巻の光景でもあり、同時に酷く威圧的で息苦しくもある。身動ぎしようものなら何をされるか分かったものではない、と勝手に本能が警鐘を鳴らす。

 女騎士がアロイスに目配せした。無言で2人が頷く。
 何その合図、恐すぎ。
 一体今のアイコンタクトで何が伝わったと言うのか。一歩前へ出た女性騎士が落ち着いた様子で口を開いた。金の結い上げられた長髪がさらりと揺れ、青い瞳と目が合う。

「申し遅れました。私はヒルデガルト・シェルベ。少し前まで騎士業に従事しておりましたが、一身上の都合によりギルドへ移籍致しました。どうぞ宜しく」
「は、はあ……どうも」
「そっちの彼はヘルフリート・ダールベルク。彼は付き添いのような、まあ、特に理由があってここに居るわけではないのでお気になさらず」

 ――じゃあ何で来た!
 そうは思ったが、口に出す度胸は無かった。ヘルフリートと呼ばれた青年は「よろしく」、と柔らかく微笑む。黒い髪に金色の瞳。涼しげで整った顔立ちは、女性人気が非常に高そうである。

 しかし、良い人だろうが何だろうが、通り過ぎるメンバーが二度見を通り越して三度、四度見られるような面子である。自然と警戒したメイヴィスは一歩ゆっくりと後退った。

 こちらの怯えた様子など露知らず、女騎士――ヒルデガルトはもう一度、アロイスの方を振り返った。何かお伺いを立てているような、「大丈夫ですかこれ」、と確認するような動作だ。
 薄く笑みを浮かべたアロイスがこれまた無言でうなずく。だから、さっきから何のやり取りをしているんだ。

「それでですね、メイヴィス殿。我々とクエストへ行きませんか?」
「え……あ、いや、何で?」
「え?」
「えっ」

 驚いたと言わんばかりに目を丸くしたヒルデガルトは、勢いよくアロイスの方を振り返る。しかし、今度ばかりは彼もまた不思議そうな顔をしていた。いやいや、不思議に思ってるのはこっちだ。

 ――あ、もしかして海での一件で気を遣われている?

 クエストに誘っていい、と言われて早1ヶ月。もう夏も終わりだが、彼をクエストへ誘った事は一度も無い。声を掛ける勇気が無かったのと、アロイスとの生活圏が被っていなかった為、会おうとしなければ彼を視界に収める事すら出来ないからだ。
 今までのある種ストーキング的なメイヴィスの行動は、メイヴィスの行動力により成り立っていたと言っても過言では無い。

 しかし、よくよく考えてみると、これは結構美味しい話ではないだろうか。少なくともアロイスは着いて来てくれるだろうし、この少人数でクエストならば彼と喋る機会も――

 いやいや、愚民である自分が煌びやかな相手に話し掛けるなんて重罪だ。やはり遠くからミーハーよろしく見守っている方が性に合っている気もする。

「メヴィ、俺はお前とクエストへ行く約束をしていたと思うのだが。もう一月も経ってしまったし、時効か?」
「へあっ!?あ、あ、アロイスさん……!」
「ああ、アロイスだ。それで、どうだろうか。俺達がお前の安全はしっかりサポートすると誓おう」

 まともに会話したのは2週間ぶり――言葉が脳へ伝達するのが遅れるような感覚がくらりとした眩暈を引き起こす。あの夏の日にある程度免疫が付いたと思っていたが、そうではなかったらしい。
 眩暈に抵抗しつつ、夢を視ているような心地で何とか言葉を返す。

「あっ、いや、クエストに行くのが嫌なんじゃなくて……、し、知らない人だったので、どうしていきなり、と思っただけ、です」
「成る程。確かに不躾でしたね。あ、これはお近づきのしるしです。お納め下さい」

 ヒルデガルトに何故かドーナツを渡された。揚げたてなのか甘い匂いと、少しだけ温かい紙袋。それらが意識を急速に現実へと引き戻す。

「え?いやあの、何でいきなりドーナツ……?」

 見れば、アロイスが微笑ましそうな顔をしている。何なんだ一体、恐すぎ。一方で、ヘルフリートはこちらをジッと見ている。観察されているようでもあり、ことの成り行きを少しばかり心配しているような顔だ。なお、現状の反応としては一番正しいと言えるだろう。

 ともあれ、自分でも尤もだと思われる問いに対し、ヒルデガルトはにこやかな笑みを浮かべた。

「ナターリアが貴方には食べ物を渡せばすぐに仲良くなれる、と」
「私の事を何だと思ってるんだ」

 ――しかも何でここでナターリア?