第2話

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「――勘違いであれば申し訳ないのですが」

 エレイン達が去ったのを見て、ポツリとチェスターは呟いた。言葉の矛先は椅子に座ったままのファウストへと向けられている。無言によって続きを促されたのを感じ、給仕長は言葉を続けた。

「体調が優れないのでしょうか、ファウスト様。口数が随分と少ないように感じます」

 カチャリ、小さな音を立てカップが受け皿へ置かれた。不自然な沈黙がリビングを支配する。

「――エレインが・・・最近、私に構ってくれない」
「は?」

 耳を疑う言葉に思わず変な声が出た。それを咳払いで誤魔化し、チェスターは流れる額の変な汗を拭った。おかしいな、室温は高く無いはずだし逆に寒くもないというのに。聞いてもいないと言うのに屋敷の主人は蕩々と語る。

「そう、この感情はまるで・・・娘に塩対応された父親のようだ。絡んでくれば鬱陶しい事この上無いが、無関心に振る舞われればそれはそれで気に入らない・・・」
「あー、ファウスト様」
「何だ?」

 ――心当たりは2つある。
 1つは単に新人の面倒を見るので忙しいから。最初に言った通り、ブラッドの面倒は全て彼女に任せている。
 もう1つはあの面倒見の良い兄のような性格の新入りに、エレインが思いの外懐いているから無理にファウストを構う必要が無くなった為。
 可能性としては後者の方が高いだろう。現状、エレインがブラッドの面倒を見ているのではなく、仕事慣れしてきたブラッドがエレインの面倒を見ている状態だからだ。また、エレインには幼い時から家族が散り散りになっており、兄だの妹だのに憧れを抱いている傾向がある。以上を加味すればエレインが近所のお兄ちゃんみたいなブラッドに懐くのは最早必然。

「・・・新入りの面倒を見るので忙しいからではないでしょうか」
「成る程」

 当然、屋敷の主が落ち込むような事は言えないので前者の理由だけを述べる。正直に言うとエレインが必要以上にファウストへ纏わり付かないのはむしろ僥倖と言える。このままの状態を維持するのが給仕長としての役目というものだ。

「さぁ、ファウスト様。紅茶もコーヒーもありますよ。どちらをお飲みになられますか?」
「紅茶」
「かしこまりました」