第2話

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 この屋敷で暮らし始めて1週間が経った。特に命の危険に陥る事も無く、今日も今日とて淡々と洗濯物を干す作業をしていたブラッドは不意に溜息を吐く。
 ――かなりハードな職場だ。何がキツイかって、圧倒的な力作業の量。男手があるにも関わらずファウストは屋敷の主人なので箸より重い物は持たないし、チェスターは頭脳班なので作業はほとんどしている暇が無い。彼にも働いて欲しいが、恐らくは自分の暗殺騒ぎのせいでもあるので強く言えないのだ。
 そしてこのチェスターは姑か何かのように口うるさい。本当に煩い。やれ掃除が出来ていないだの、やれこのリンゴは古いだの本当に煩くて一度殴り掛かったがあっさり返り討ちにされた。
 更に先輩であるはずのエレイン。何と彼女は働きだしの自分より多くのミスをする。食器を割れば唐突に皿を割り、紅茶を淹れればカップの取っ手を破壊する。こっそり破壊神と呼んでいるがあの鈍感な娘がそれに気付く事は無いだろう。
 結論から言えば人外である自分が辛うじて耐えられる労働量、といった所か。何故エレインが当然のように毎日この仕事を顔色一つ変えずこなせるのかが未だに理解出来ない。
 2階の掃除を切り上げたブラッドは目頭を揉みながら1階へと降りていった。今から朝食なのだが、まだエレインは起きていない。食べる物が出来ているのか非常に不安である。

「眠・・・」
「おはよう」

 呟きには返事があった。圧倒的存在感を持つ声音で我に返る。
 見れば行儀良く席の一つに腰掛ける屋敷の主人がいた。その目はテーブルの上に向けられている。朝食は誰が作ったのか、結構豪華なものが並んでいた。

「あ、おはよう・・・ございます」
「座れ」
「アッハイ」

 ――ファウスト=スキア。
 それが彼の本名である。もう名前を聞くだけで人外間では震え上がる恐ろしさだが、こんな始原の化け物に喧嘩を売ろうとしていたのは紛れもなくブラッド自身だ。
 促されるまま朝食の席に着いた、が、それからの会話が無い。緊張感しかない食卓、何か話した方が良いのか、それとも黙っていた方が良いのか。落ち着き無くテーブルの上を見回すも話のネタになりそうなものは何一つ無かった。

「おはようございます、ファウスト様。・・・エレインはどうしました?」

 助け船。姑と名高いチェスターのご登場である。
 彼はすでに何か一仕事終えた後なのかしっかり着替え、滑らかな金色の髪を一つに束ねていた。見た目だけは爽やかだがその腹の中は真っ黒である。

「エレインはまだ来ていない。ここには私とブラッドだけだ」
「おや。また寝坊ですかね・・・」
「いい。たまには遅くまで寝かせておいてあげなさい」

 チェスターが困ったと言わんばかりに盛大な溜息を吐いた。