第1話

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 しかし今はそんな事を気にしている場合では無い。どうにかして抜け出さなければ、本当にこの裏切り者の依頼人と心中する羽目になる。どう足掻いてもこの男に勝ち目は無いし、自分は自分でチェスターの主人を狙った不届き者。むしろ助かる理由が思いつかない。
 チェスターの発言により険しい顔をしている依頼人の表情を盗み見た。こちらへの注意が疎かになっている。今がチャンスだ――

「退け・・・っ!」

 相手が人間であった事も忘れて思い切り、そう、思い切り突き飛ばした。ゴキッ、という嫌な音と突き出した左腕に鋭い衝撃。何が起きたのかは一目瞭然だった。

「おや、結局は抜け出したか」

 悲鳴を上げて地面を転げ回っている依頼人から距離を取る。その上で左腕を確認すれば、タガーのブレードが掠ったのだろう。綺麗にざっくりと切れて血が滴っていた。

「くそ・・・何でこんな事で怪我なんか・・・」
「本当にな。お前、要領が悪いってよく言われるだろ」

 クスクス、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるチェスター。そんな彼は依頼人に近寄り、先程作成した氷の槍を喉元に突き付けた。

「さて、答え合わせの時間だ。地道に依頼人を辿っていくとしよう。それで、お前の依頼人は誰だ?まあ、どうせブラフだろうが聞いておいてやろう」
「く、くそ・・・簡単な依頼じゃ・・・」
「それ、どこ情報だ?クックック。答えないのであれば――」

 ピギィィィィイィ――
 そんな不気味な声が依頼人の喉から漏れた。明らかに人間の声ではないそれに、チェスターが緩く距離を取った。その顔からは笑みが消え、警戒の色が滲んでいる。
 ブチブチブチ、人体の何かが断絶する音。それが聞こえてきてすぐだった。依頼人の首が内側から裂けた。喉あたりから鋭い黒金色の錐のようなものが飛び出したのだ。呆気にとられてそのあり得ない光景を見つめていると、続いてその傷口から6本の足を持った虫が這い出てくる。フォルムは限りなく蠍に近いが、近いだけであって蠍とは別物だ。

「うん?口封じ、か・・・?」

 冷静と呟いたチェスターは心底面倒臭そうに呟くと、結局使い道の無くなったその槍を蠍のような生き物の背に突き立てた。