第1話

3-2


「何をした!?魔術・・・?」

 阿鼻叫喚。速さが命である軽装の暗殺者達は文字通り寒さに弱い。最早白い息だ、などと言っていられる寒さではなく、身体がガチガチに固まる真冬に近い気温になってきている。
 どういう原理なのかは不明だが、これ以上気温を下げられると不利だ。そう判断した暗殺者の親玉――依頼人が地を蹴った。寒さで多少鈍っているとはいえ、それはかなりの速度と力強さを持っていただろう。
 一本の矢を彷彿させる動きで依頼人は何故か――そう、何故かブラッドへ向かって突進した。まったく予想外の出来事に反応が一瞬遅れる。
 背後から首下に突き付けられる刃。タガーのようなもので、それはナイフと言うにはあまりにも凶暴なブレードだ。

「今すぐ術を解け!こいつがどうなっても――」
「馬鹿なのか?いやいや、今すぐ殺ってくれて構わないぞ!」

 チェスターへの牽制として利用された。小さく首を傾げた従者はしかし、依頼人が何かを勘違いしているとすぐに気づき、心底可笑しそうな顔をしている。この男、何で自分とこの性格悪そうな従者が通じていると思ったのか。
 空気中の水分がチェスターの指示式に従って固形へと姿を変える。細長く、先端が尖っているそれはさながら氷の槍だ。周囲に数本展開したそれは今にも飛び掛からんとしていた依頼人の部下達へと飛来した。

「ファウスト様。エレインにはブラッドは元の場所へ帰って行ったと伝えますから、話を合わせて頂けないでしょうか?」
「・・・嘘を吐けと?」
「死んだと知ればギャーギャー煩いでしょう、あの雌ゴリラ」
「悲しむだろうか、エレインは。昔から拾って来た犬猫にすぐ情を移す子だった」
「人外という点においては犬猫と同じ意味でしょうが・・・」

 はぁ、と心底面倒臭そうにチェスターが溜息を吐く。彼の周囲には今し方の氷の槍によって沈められた暗殺者達が倒れていた。どれもこれも、人間の急所を一突き。躊躇いの欠片も無い惨状に戦慄する。
 おや、と不意にこちらへ視線を移した従者が嗤った。

「一人になってしまったな。ところでブラッドはいつまで生かしておくつもりだ?エレインへの義理立ての為、私が直接手を下すのは非常によろしくないのだが」
「なら止める事だ、私と一緒にこの人外も串刺しにするつもりか!?」

 氷の槍。再び形勢されたそれは先程の取り巻きを一掃した時のそれより太く、長い。聞くまでもなく2人分貫通出来る虫ピンを造っているような感覚だろう。
 ははは、とチェスターが乾いた笑い声を上げる。感情の籠もらない笑い声。

「まあ、貴様がどうしてもブラッドと心中したいのであれば仕方無い。私も暇じゃないんでね、望み通りそうしようじゃないか!」
「うわマジかよこの野郎!」

 最低だ、そう叫んだが従者はその言葉を一笑に付した。取り合うつもりはないらしい。
 ところで、と勝ちを確信した彼は訊ねる。

「話は変わるが、ブラッドの『依頼人』である貴様の上にも依頼人がいるな?というか、もしかするとその依頼人の上にも依頼人がいるかもしれないが・・・どうなんだ、そこのところ」
「答えるわけないだろう!?」
「いや答えなくていい。もうネタは割れている・・・まあ、愚問だったな。で、狙いはファウスト様、と。うーん、大分依頼人の大本が絞れてきたなぁ」

 クツクツ、嗤うチェスターは愉快そうだが、その主人であるファウストは無表情。命を狙われたのは彼だと言うのにあの余裕はどういう事なのか。甚だ疑問だしどんな鋼鉄のメンタルしてるのかも疑問だ。